3.





 聞き慣れない甲冑の音。それが何を意味するのか知った時、ライアンの眠っていた脳は一瞬で覚醒した。
 仕事だと言う役人の足音じゃない。これは、城内を護る兵士が立てる靴音だ。鉄の靴音。この足音が聞こえてきて、何人が死んだから分からない。兵士に連れて行かれた奴隷は誰一人として帰って来ないのだ。
 異変に気付いたのか、部屋で休んでいた他の奴隷達もぎょっとしてドアの方を見る。もちろん、地下には奴隷小屋しか無いので間違い無くその足音はこちらへ向かって来ている。
 間もなくして、ノックも何も無く、不躾にドアが開かれた。
 立っているのは武装した兵士である。

「――獣の奴隷、いるだろう。出て来い!」

 全ての人間の目が、ライアンに集まる。お前等そんな風に思っていたのかと毒突きたくなるが、それどころではない。
 ぎっ、と兵士を睨み付ければ面倒臭そうな視線が返ってきた。

「何の用だよ・・・」
「口を慎め獣風情が。・・・王女様がお呼びだ」

 ――どの王女だよ。
 思ったがそれはすぐ近くに座っていた男の言葉によって掻き消えた。

「目でも合ったんじゃないのか?」
「あぁ!?」

 そんな程度で呼び出されて堪るか。
 ――が、そんな馬鹿みたいな理由で人が死ぬのがこの国だ。そうなのかもしれない。
 室内に悲壮感が満ちる。もちろん、誰も助けてなどくれない。誰も彼もが自分の命が大事で、こんな絶望的な状況であっても生きたいと願う一人の人間なのだ。
 苛々としつつも立ち上がる。逃げるにしたって何にしたって、こんな袋小路の小屋ではどうしようもない。兵士なんぞに負けたりはしないだろうが、大人数で向かって来られるのも面倒だ。


 ***


 連れて行かれたのは別塔だった。ライアンですらも入った事の無い、隔離された塔。城の陰に隠れ、そんなものがあった事自体初めて知った。
 兵士の足は淀みなく進んで行く。

「・・・どこに連れて行くつもりだ」

 ――無視。奴隷と話す事など無い、と言わんばかりである。
 やがて、兵士が足を止めた場所は部屋の前だった。ドアの大きさから推測して、住み込みの役人とかが住んでいそうな部屋。

「おい、ンだよここは――」
「入れ」
「王女様が呼んでるとか嘘だろ・・・オイ、聞いてんのか!」

 もちろん、兵士は一言たりともその問いには答えなかった。つまり、どういう状況か知る為には、このドアを開けて中へ入るより他に無いという事。