2.





 仕事が一段落した。日が昇ってすぐからこき使われ、ようやく昼になって休憩。きっと、この後も延々と農作業だろう。現に、まだ畑の半分の面積しか耕していない。ノーラ姫が来てからというもの、農民の半分は彼女に構い倒しで仕事をしないし。
 ――が、昼時というのもあってか、現在姫様は完全に孤立無援。たった一人で木陰に座っていた。ドレスが汚れるとか、あまり気にしていないらしい。

「良いご身分ね。陰に座って、絵なんて描いて」

 ぼそっ、とさっきの女が呟いた。その目にはありありと「妬ましい」と書いてある。
 ――「悲壮な顔をしていると思ったよ」。そんな、ノーラ姫の言葉が脳内でリフレインされた。成る程。今の状態ならば、言い返せないかもしれない。

「――落ち着けよ。折角の休憩だぜ?休憩しろよ。ブッ倒れた奴らもそろそろ帰って来る頃だろ」
「えぇ、えぇ・・・あたし、昼まで保つかしら・・・」
「そうだろ?いいからホント休んでてくれ。これ以上俺に負担掛けるな」

 ライアンは良くも悪くも正直者だった。ので、女はやや顔を曇らせたというか、若干怒っていたのだがそれには気付かなかった。

「にしても、遠くないな」
「何がよ」
「お姫さんだよ。こっちには来るなって言われてた割に、全然気にせず歩き回ってたじゃねぇか」
「知らないわ、そんなの・・・。どうでもよかったんでしょう」

 それに、枷がある限りあたし達は王族に手出し出来ないわ。と。女が肩を竦める。当然だ。

「あんた、中仕事多いくせに全然王族の事知らないのね。あたしの方が色々知ってんじゃないの?」
「そうかもな。王族なんざに興味はねぇから」

 確かに目の前に存在しているけれど――ライアンにとって、それはいないのと同じ事だった。そこにいるけど、いない。あるけど、触れない。
 そんなものは、存在しない事と、同じだ。

「あ」

 故に、自分の世界で絵だけを描いているノーラ姫もまた、いない事と同義。
 ――だとか思っていたら彼女、高そうなペンを落とした。畑に。一段下だから、取りに行くには遠回りして階段を下りなければならない。
 一瞬面倒臭そうな顔をし、しかし次の瞬間にはそれが面白かったのか一人で笑っていたノーラ姫は渋々と木陰から出た。届かないものか、とでも思っているのか、その小さな身体で精一杯腕を伸ばす。
 当然ながら、その指先はペンに掠りもしなかった。

「あーあー・・・何やってんだか・・・」
「放って置けばいいわ。自分で拾うか、人が来るまで待つでしょ」
「そうもいかねぇだろ」

 本当は座っていたかったが、生憎と姫様の周りに農民の人垣はない。誰も彼もが彼女を放って昼食を摂りに行ってしまったのだ。何とも杜撰な扱いである。
 さすがに放っておくのも気分が悪いので――そこで始めて、第四王女の傍へ近寄った。彼女はきょとんとこちらを見ている。

「あんたもベタな事やらかしますね。はい、どうぞ。次は落とさねぇでくださいよ、っと」

 ペンを渡す。受け取ったノーラ姫はやはり笑っていた。

「ありがとう、助かったよ」