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そう女が呟くように言った直後。人混みの中からノーラ姫の顔がようやく見えた。もちろん、隣に立っている奴隷仲間は見えないだろう。何せ、ライアンの身長は他の人間より確実に頭一つ分は高い。
濃紺色の長髪。きっと、絵を描く為だろう。とても美意識を感じさせない適当な風に括り上げられている。歳が幾つなのかは分からないが、予想している年齢とあどけない顔が一致しない。童顔、という奴だろうか。身につけている衣類は間違い無くショートドレスだったが、もとは薄い青色だったそれも様々な彩りでとても目がちかちかする。絵の具が飛び散ったのだと容易に想像出来た。
「この畑では今、何をやってるのかな?私にも分かるように、教えて欲しいのだけど」
思考を斬り裂くように、少女の声が鼓膜を叩いた。話し相手は名前も、顔すら知らない農民である。
労働者はにこやかに答えた。
「作物の種を蒔いていますよ。ちょうど、前の作物を刈り取った後だったので」
「そうかい。それは残念だね!前に何が植わっていたのか知らないけれど、畑一面に葉を出した作物は、きっとエレガントだっただろうに!」
「言う程じゃあありませんよ。俺達にしてみれば、今から収穫という仕事をしなければならないってだけで」
「もっとポジティブに生きなよ、あなたは!それで、この種はいつ収穫なのかな?」
「秋です」
「そっかそっかー。秋はいいよね。何て言っても一面真っ赤!意欲が湧くよね。何に対しても!私は秋が大好きだよ」
ところで、と農民が少しだけ声を潜めた。とは言っても、獣人の聴覚を以てすればほとんどそんなものに意味は無いのだが。
「あちら側――畑の右側で仕事をしているのは、奴隷です。ご自由に歩き回って構いませんが、あまりそちらには近づかないようにお願い致しますよ」
それはきっと、ノーラ姫を気遣っての言葉ではない。王族の令嬢が傷つこうものならば、現場の責任者とて無事では済まないだろう。だからこそ、他人を思いやると見せての、自らの保身。
それを知ってか知らずか、とぼけたように、姫様は笑った。
「あぁどうりで。あなた達と違って、あの一角は悲壮な顔をしていると思ったよ。まさに世界の終末!みたいな、ね?」
酷い顔だ。嬉々として農作業していても、どうかと思うけれど。そうしてやはりノーラ姫は無邪気にクスクスと笑った――嘲笑った。