1.





 一ヶ月と少し。
 それが、獣人であるライアンがこの国――エアリアナ王国へ訪れてから過ぎ去った時間である。より正確に言うならば、王国へ来、奴隷として働いた期間だ。
 人生設計、なんて今まで一度だって立てた事は無いが、それでも今この状態は失敗以外の何者でもないことぐらい分かる。脳筋と罵られようが、それだけは。非常に不本意だが、世の中を嘗めきっていたのも事実だろう。
 怒濤の2ヶ月を過ごしてきた。
 この国へ来るまでに、色んな事があったと思う。
 まず仲間に裏切られた。3人で活動していたのだが、うち1人が鮮やかなまでにあっさり手の平を返し、裏切った。ので、残った自分ともう一人が『奴隷商人』に捕まり売られたわけだ。
 相棒は綺麗な女に買われてどこかへ行ってしまった。このまま二度と会えないだろうな、と薄々そうは思っているがまだ認めないでおこう。それにしても、絶世の美女で、彼女の顔は一時忘れそうにない。印象が強烈すぎる。
 そのまま、ライアン自身もあれよあれよの間に買われ、奴隷に。
 一ヶ月前はここがどこで誰の家に買われて来たのかも分からなかったが、どうやらここはエアリアナ王国の王城である事が判明。そういえば時折会う主人達は煌びやかなドレスやら何やらを着ていた。
 ――というか、この奴隷達が収容されている小屋。この環境が劣悪過ぎて、王城にそんな部屋がある事自体思いつかなかったというのもある。
 獣人だからか鼻が良いので、最初の頃はその臭いだけで気分が悪くなったものだが、今は最早何も感じないレベルにまで達していた。慣れとは恐ろしいものである。
 そして何より――

「あー・・・」

 両脚に付いた枷と、首に嵌められた鈍色に輝く鉄輪。更に両腕に付いた枷。
 これが問題である。
 もちろん、脳筋と言われるだけあってこの枷を外す事は容易だろう。だが、これは魔法道具、所謂マジックアイテムであり、無理矢理外そうとすればこの輪の内側から刃が飛び出して首を刎ねられる、腕を切り落とされる、脚を切り落とされる。
 そうなった場合、上手く逃げ出せてもすぐに捕まる事だろう。こればかりは仕組みが分かっても魔法を使えないライアンにはどうしようもなかった。
 そして、ここからがマジックアイテムの本領を発揮する場面である。
 ――飼い主、つまりは王族に一切の手出しが出来ない。
 暴力を振るうなど以ての外。そんな事をすれば、有無を言わさず首と胴が泣き別れする羽目になる。奴隷商人には魔道士が多かった。つまりは、そういう事だ。売り手が魔道士であれば、買い手は安心出来る。クソみたいな世の中だ。
 剣よりもペン。
 こんな不自由な枷を着けたまま、厳しい世の中を渡っていけるはずがない。

「世知辛い世の中だねェ・・・」

 ぼそっ、と呟いたライアンは目を閉じた。時計が無いから分からないが、現在の時刻は朝の3時ぐらいか。仕事はだいたい5時ぐらいからだから、あと2時間は眠れる。まさか、つまらない感傷に浸って睡眠時間を逃すなんてあり得ない。