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はっ、と不意に目を醒ました。全身に鈍痛が走り、たまにどこかを切ったような痛みを覚えて顔をしかめる。結界も壊れてしまって、倒れた私を守るものは何も無い、まさに丸腰状態だった。
呻き声を上げつつ、無造作に転がっていた杖を拾う。立ち上がるのにはまだ時間が掛かりそうだ――
「ドルチェ様、ご無事でしたか!」
切羽詰まったような嘉保の声に今度こそ意識が覚醒する。顔を上げて声がした方を見れば、例の召喚獣と剣士達はいまだ交戦中だった。というか、どのくらいの間私は意識を飛ばしていたのか。
この状態を見れば、それなりの時間眠っていたのかもしれない。
――明らかな劣勢。大怪我を負っている様子は無いが、完全に消耗戦と化している。松葉くん達はあの巨大な化け物に対する有効打を持たないし、あの獣にしてもちょこまか動き回る蟻を相手に前足の大振りなんて当たらない。掠りはしても、致命的な傷を負わせるに至らない。
けれど、そんなものは所詮一時凌ぎだ。
どう考えたって人間の体力が獣のそれに勝るはずが無いし、消耗戦になれば厳しいのは人間側だ。消耗しているのは私達だけなのだから。
「皮肉だなあ・・・」
そして、もう一つ。
すでに相手にしていた5人の魔道士のうち、4人が絶命した。それは見紛うこと無く死であり、ひっくり返る事などない。
――やっぱり皮肉な事に。
生き残っていたのは仲間を口封じの為に殺した、フードの男だけだ。そんな彼もまた、気を失って一時は起きてこないのだろうが。
「ボーッとしてねぇで、手伝え!」
「・・・!ごめん!」
松葉くんの怒号。それに押されたように、私の身体は驚く程あっさり立ち上がった。人間、必死で何かをやっていれば限界なんて忘れられるものらしい。
剣客2人とそれを狙う、前足にしては太く長すぎるそれの間に新しい結界を。
もちろん、そんなもので防げるはずも無かったが獣の動きが失速した間に2人は体勢を立て直した。
グルルルル、と獰猛な呻り声を上げる召喚獣の金色の瞳が、私の方を向く。
「はい!?」
――いや、おかしいでしょ・・・!誰が結界を張っているかとか、獣に分かるはずが・・・!
混乱している間にも、獣は獲物を狙うようにぐっと身を屈める。今まさに、飛び掛かろうとしているかのようだ。
結界を張ろうとして止める。そんなものは無意味だ。
代わり、起動したのは移動魔法である。主に、魔法の事を知らない一般人が口を揃えて『テレポート』などと何かの鳥の鳴き声のように囀るそれだ。何だよテレポートって。
そう長く移動出来るわけではないし、自分一人しか移動出来ないが、攻撃を躱す時には重宝する。というのも、魔道士ならばそれを起動するのに数分かかるが、私は生憎と魔女である。やろうと思えば1、2、3で出来る。
「なんで私を狙うの?まさか、意外にも知能的とか?」
松葉くん達から少し離れたところに着地。すると、何か悩んでいた満身創痍の第三皇子は合点がいったように呟いた。
「そうか・・・魔力量に反応してるのかもな。俺達は見ての通り、剣士だから魔力量はそう多くねぇ。だが、お前は魔道士どころか魔女。あのフード野郎を無視してお前に飛びつくのは当たり前だろ」
「えぇ!?何それ、完全に私ってピンポイントで狙われてんじゃん!!」
「倒れていたドルチェ様を無視していたのは、死肉に興味が無かったからかもしれませんね。死人と生きている人間の区別が出来ないのでしょう。となると、むしろ意識を飛ばしているあのフード男は幸運だったのかもしれません」
――とんでもない事実が発覚した。
ということは、あの獣は対魔道士用に喚び出されたのだろうか。それとも、剣士だろうと魔道士だろうと、地獄の番犬を前にすれば同じだとでも。
どのみち――それが分かったところで、打つ手は無いのだけれど。