3.





 速度を落とさないままに、バラバラの方向へ駆けだした獣達。やはりというか、当然というか、そのうち1匹だけが嘉保と松葉くんの間をすり抜けて私の元まで駆けてきた。
 4匹いて、その全てが私を目指し、辿り着いたのは1匹。
 ――魔女の前に防御壁として立つ剣士達の恐ろしい働きぶりには感嘆の溜息すら出る。
 いくら魔女とは言えど、動体視力を以てしても残像しか写らない速度で走る獣に対して瞬時に魔法を放つなど無理だ。正直に言うと。
 よって、剣士達の包囲網を抜けた1匹を見て、フードの男が勝ち誇ったように笑う。
 弾丸のように突っ込んで来た獣の牙があっさりと結界を破る。ステンドグラスを叩き割ったかのように輝く硝子の欠片に似た、薄い結界のカラが舞う。見た目とは裏腹に、凄まじい音が響いた。
 ――が、それだけだった。
 結界を破った事で速度の落ちた獣の体躯は、二枚目のそれによってあっさり弾かれ、無様に背中から地面へ転がる。
 一枚目はただのたんなるフェイクだった。突けば破れるような、そんな結界。二枚目が本領。破るのにはトップスピードを保ったまま、頭蓋が割れる事を覚悟して突っ込む他無いだろう。
 怪訝そうな顔。魔道士の結界が破れない不思議さ。しかし、それから直ぐに立ち直ったフードの男はやはり舌打ちした。

「反射神経、良いんだな。魔道士のくせに」
「・・・いや、あんたが猛獣使いだって分かった瞬間からずっと結界は張ってたよ」
「んな事したら、すぐに体内の魔力が枯渇するぞ。馬鹿か」

 ――嘘だと思われた。
 ムキになって訂正させようとしたら、不意に術式展開中の魔道士が叫ぶ。

「あと、もう少しで起動します!」

 時間が無い。
 どうすべきか攻めあぐねている獣に視線を移す。魔法を展開。杖の先についた、サファイアが淡く光を放つ。
 冷気が空気中に溢れかえる。結果内にいる私の息ですら白く染まる。
 パキパキ、という不吉な音。それが止む頃には、目の前に氷付けの、犬にしては大きすぎる獣の氷付けが出来上がっていた。

「寒いだろうが、馬鹿!」
「まったくだ!!てめぇ、ちっとは考えろよ!!」

 右から松葉くんが、左からフードの男が。ほぼ同時に罵声を飛ばす。折角一体倒したというのに酷い言われようだった。
 今の一瞬の時間で氷麗を作りだしたのだが、腹が立つので早々にそれを飛ばす。
 小さいもの、大きいもの。全てをフードの男へ放ち、それが終わった頃には剣士達もそれぞれ獣を倒していたので究極の時間節約になったことだろう。
 あとは術式展開中の魔道士2人を倒すだけ――

「なんて事をしてくれたんですかッ!」

 向き直った私に向かって、片方の魔道士が叫ぶようにどこか狂ったようにそう言った。とても悲痛な叫び声だった。
 意味が分からず、首を傾げればその人はもう一度、同じ事を言う。

「なんて事を、したんですか!?」

 ――と。