3.





 松葉くん達はどうやらフード以外の2人を先に叩いてしまうつもりらしいが、私としてはフードの男を先に潰してしまいたい。というのも、魔道士としての格も、人間としての格も、フードの方が上だからだ。正直な話し、指示を仰いでいるだけの完全脇キャラたる彼等を倒すのは後でいい。
 ――のだが、今は団体行動中。剣士2人にも何か考えがあるかもしれないので、黙っておく事にする。
 もう一つ気掛かりな事がある。残された魔道士2人がせっせと展開している大規模術式の事だ。見たところ、カメリア師匠であったのならば術式の中心に立つだけで起動出来てしまいそうな、大して完成度が高いわけでも高位の術式というわけでもなさそうだ。
 それでも――それでも、協力者がいなければ魔道士には起動する事すら出来ない代物なのだろうが。

「ドルチェ様!魔道士は物理攻撃に弱い。ので、突っ込みます!援護を!」
「――了解!」

 嘉保の声に我に返る。
 一先ず、展開を止めるよりもまず、戦闘を終わらせなければ。私の役目はサポートであり、特攻組に怪我を負わせない事だ。

「嘉保!殺すなよ、生け捕りにするぞ。連行して動機と目的を聞き出すッ!」
「分かりました!」
「うっかり殺すんじゃねぇぞ!」

 頷いた嘉保の手には双剣。ただし、松葉くんが持っている刀よりは刃渡りが随分短い。その短く更に言えば軽い、斬れ味に依存した連撃が彼の真骨頂なのだろう。いくら剣士に疎いとはいえ、そのぐらいはすぐに分かった。
 松葉くんよりも先に、自分が先行する事を主張するかのように嘉保が前へ出る。しかし、当然のことながら相手方に張られた結界により彼の足はあっさりと止まった。
 2人の魔道士――女の方が声高に叫ぶ。

「結界を張り続けます!その間に――」
「おう!」

 相手もまた、私達が考えたのと同じように正攻法の手堅い策を打ってくる。
 ――魔道士が3人もいるのだから、1人がサポートに回り、その間に残された2人が攻撃へ回る。
 崩しがたく、防がれがたい。
 魔道士は一人で戦うより、集団で戦う方が強い。
 だけど――

「だけど、相手が悪いよね」

 私が或いはただの魔道士であったのならば、張られた結界を解くのに掛かる時間は数十分に及ぶだろう。だが、私は、魔女だ。
 魔道士風情が張った結界を、破れないわけがない――

「少し待って、結界を解くよ!」

 手にしたアルミ製サファイア鉱石の杖を軽く振るおう――として、振り返って叫んだ嘉保の声に動きを止める。

「必要ありません。すぐに溶かしてみせます!」
「え?・・・え?」
「ドルチェ様はか弱い女性、そこで結界を張っていてください!魔力が切れて倒れられては事ですから!」

 ――私への信用薄ッ!
 紳士的な言葉で、確かにこの私ですら胸に来るものがあったが・・・それは断じて、トキメキではない。「魔女嘗めてんのかコラ」という少しの憤りである。
 しかし彼は一体魔女を何だと思っているのか。魔道士の強化版みたいな認識なのか。松葉くんがツッコまないところを見ると、多分、第三皇子様もそう思っているに違いない。
 そうこうしているうちに、フードを被っていない方の男性魔道士が魔法を展開。ばちばちと凶悪な音を立てて辺りに紫電が漂う。

「一対一じゃ魔道士に勝ち目はねぇかもしれないが、こっちにも人数がいりゃあ、てめぇら剣士なんていう蛮族には負けねーんだよ!」

 勝ち誇ったように叫ぶ魔道士。それは多分、一介の魔道士が一人で発動させるにはそれなりの魔力が必要な魔法だったのだろう。その苦労が魔女である私にはまったく理解出来ないが、彼の態度を見れば察しは付く。

「防げる!そのまま続けて嘉保!」

 微かに頷いた彼が、何かぶつぶつ呟いたのち、片手を振り上げる。無造作に。少し離れた位置に立っている松葉くんはそれを眺めているだけで手伝いらしい手伝いはしないようだ。
 魔道士が張った結界を素手で破ろうと思うのならば、そうとうの打撃数が必要だというのに。
 ――そう思っていた私は、その瞬間、世界が広いって事を実感する事になる。
 嘉保が結界に突き立てた刀はあっさりと目に見えない壁を突き破り、蝋でも切り取るような滑らかさで結界を切り開いていく。今からカエルの解剖でも始めるかのような、そんな光景。
 俄には信じ難い光景だったが、松葉くんにとっては当然の事象だったらしい。驚いた様子も無く、切り開かれた結界の中へ不躾に進み出る。まさに傲慢に。
 驚き、そして怯え、動きを止めたのは魔道士2人だけだった。瞬時に劣勢と危険を悟ったフードの男があっさり下がり、松葉くんの刀が届く範囲から完全に外れる。

「ひっ・・・や、止めて・・・」
「無理だな。女に手をあげるのは趣味じゃねぇが・・・お前等のせいなんだろ、最近起きてる惨殺事件」

 怯えたように女魔道士の顔が歪む。それを見ていた男の方が口を挟んだ。

「お、俺等は言われてやっただけで・・・」
「言い訳はよくねぇよ。俺達には事件を解決する義務があるんだ。やらなきゃいけねぇことは、やらなきゃいけねぇことだよ」

 そう言って、ぶん、と。
 その長い刀を振るう。ただし、血がしぶいたりなんかはしなかった。代わりに打撃音が響いて、どさっと魔道士が倒れる。

「安心しろ峰打ちだ。・・・ってな。一度言ってみたかったんだよ」

 と、無邪気に松葉くんが微笑んだ。