2.





 さすがに惨殺事件が二度にわたり起きた《華顛》の街は静かだった。人っ子一人おらず、とても繁栄している街だとは思えない。最近ではやって来る商人の数も減ってしまい、寂れて行く一方だそうだ。
 冷たい三日月、痩せこけた野良犬に、ひっくり返ったゴミ箱。月が昇ってから人の手が加えられていない街は少し不衛生のような気もした。

「ゴーストタウンって感じ。明かりもほとんど無いし・・・」
「人がいねぇ街ってのは、見てられねーな」
「ですから、事件の早急な解決が要されるのです。それで、ドルチェ様」

 神妙そうな顔で頷く松葉くんと、歩いている――というか、操作の魔法で無理矢理歩かされている嘉保が少し不満そうな声で抗議する。

「もうここまで来たら逃げたりしないし、貴方様を無理矢理連れ帰る事もしないので、どうかこの魔法を解いてくださいませんか?何かあった時、松葉さまを戦線に立たせるわけにはいきませんし」
「うーん・・・いや、逃げるのは構わないんだけど・・・まぁ、そうだね。解こう」

 呟き、まるで蚊でも払うかのように左手を振るう。
 身体の自由を取り戻した嘉保がやや安堵したように息を吐いた。

「今更かもしんねーけどよ。お前等、なんでここに集まったんだ?」
「意味が分からないよ・・・」

 不意に問うたのは松葉くんだった。頭脳派を自称するだけあって、その顔は何かを悩んでいるかのように歪んでいた。質問の意図をお答えください、とやや厳しい口調で言い放ったのは嘉保。彼はここへ来てからだんだん化けの皮が剥がれていっていると思う。
 肩を竦め、首を振る松葉くん。腑に落ちない、とでも言いたげだ。

「俺が同行してるのは、兄貴にこれ以上面倒を掛けさせねぇ為だ。それに、ドルチェ一人で外出すわけにもいかねーだろ。正直、兄貴がドルチェに言ったらしい「外へ絶対に出るな」っつう命令は無理があると思うぜ。だってよ、俺なんて一日中、皇居にいるなんて無理だ。息が詰まる。だったら、このじゃじゃ馬がずーっと皇居に留まっているわけがねーんだよ」
「じゃじゃ馬ってもしかして私のこと?最近、私の扱いが杜撰じゃないかな松葉くん」
「当然だろ」

 平然と言ってのけた彼は同意を求める矛先を嘉保に限定した。話の渦中にいる私に同意を求める事はしなかったのである。
 答えにくい質問だっただろうに、嘉保は言い淀むこと無く、しかしテンプレート通りの言葉を口にする。

「貴方様が仰ることは最もです。が、蘇芳様がお決めになった事ですから。一介の従者が口を挟んでいいような問題ではありません」
「・・・ったく。大丈夫かこのメンバー。一人は馬鹿だし、一人は意見もクソもねぇ木偶だし」

 何も遭わない事を願うぜ、と手をひらひら振る。彼はすでに帰りたそうだった。

「そもそも、何故ドルチェ様は現場へ行きたいなどと言い出したのですか?」

 事の発端はお前だろ、とでも言われた気がして苦笑する。事実、その通りだからだ。

「私はね、基本的には小説のネタ集めだよ。感受性は大事だからね。けれど、被害状況がどう鑑みても同業者か魔道士みたいだったから、ちょっと会ってみたくなっただけ」
「それ、確実に犯人の顔見たさだろうが!冗談じゃねーぞ!俺は、会いたくねーんだよ。別に、恐いわけじゃねーけどっ!!」

 ここに来てのツンデレはなかなかに恐ろしいものがあった。それってつまり、ツンデレ翻訳機を通した場合「俺、殺人犯に会うとか絶対無理!今すぐ帰ろうぜ!」とか言っていることになる。
 そして、私の発言に不謹慎です、と反論したのは嘉保だった。

「犯人を捕まえたい一心ならばまだしも、恐い物見たさで現場へ行こうなんて・・・これが貴方様でなければ、俺は今すぐにでも『この人でなし!』って詰ってますよ」
「もう今詰ってんじゃん・・・。でもま、嘉保が言っている事は正しいよ。何て言っても私は、魔女だからね」

 そう言って胸を張れば二人が同時に酷く不安そうな顔をした。あまり頼りにならないと思われているのは確かだった。