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「何かと遭遇した時に丸腰だったらまずいから、まずは俺の部屋に得物取りに行くぞ」
――ということで、とりあえず松葉くんの部屋へ。こういうところはしっかりしているらしい。
「なんというか、松葉くんの部屋はごちゃごちゃ物が多いね」
「うるせぇな。何も無い部屋ってのが嫌なんだよ。自分の部屋じゃないみてーだろうが」
喧嘩を売っているのか私に。顔を引き攣らせるも、すでに松葉くんは私の事など気にも留めず、立て掛けてある細長いそれを手に取った。どう見ても、剣。
しかし、剣と一口に言っても、その形状は私が知っているそれと少し違うようだった。地域や国によって剣の装飾は違うのだが、装飾が違うとか、そういう話では無い。
「変わった剣だね」
「刀なんだよ、これは」
剣――刀を手にとって、着物の帯に差す。その様はまさに、初めて事件が起きた日の蘇芳とそっくりだった。
「行くぜ。兄貴が起きて来る前に帰らねぇと。ドルチェがいねぇって大騒ぎになる可能性がある」
「いなくなったらいなくなったで済まされそうだけどね」
「そうはいかねーだろ」
いや、いなくなったらあのぼんやりした瞳で首を傾げるだけで終わりそうだ。冗談抜きで。
さて、行くか。
そう思って戸を開ける。
心臓が止まるかと思った。
「夜中に何をこそこそと活動しているんですか?」
にこやかな笑み――けれども、ちっとも目が笑っていない、そんな様子の、嘉保が立っていた。それはもう、最初からいましたと言わんばかりに。咄嗟に言葉が出ず、茫然とまさに阿呆面で正面に立つ彼を凝視。
さしもの松葉くんも驚いたのか、動きを完全に止めている。
「――蘇芳様が、貴方様の様子がおかしいからと俺に張り込みを言いつけていたのです。悪く思わないでください。もちろん、貴方様達が今から何をしようとしているのかも、全て聞いていました。さ、部屋へお戻りください」
優しく諭すように言われるが、その優しさに怖気がした。
だって――嘉保は、帯刀していたのだから。
一体どういうつもりで武装なんてしているのかは知りたくもないが、それでも、私が嫌だと駄々を捏ねればその刀を易々と抜いてしまうような気がしてならない。
視線だけで松葉くんを確認すれば、彼もまたどうする、と言わんばかりの視線をこちらに送っている。
「え、っと・・・嘉保くん?」
「はい。あ、帯刀しているのはですね、俺、いつ収集掛かるか分からないんでずっとこうなんです。お気になさらず」
――胡散臭い。何て胡散臭い言葉なんだ。
脳が警鐘を鳴らしている。このまま帰るつもりは、無い。だが、このままでは自分の意とは正反対に、室内へ送り返されてしまいそうだ。
一歩退く。一歩詰められる。
「松葉くん、どうにか出来ないの?」
「悪ぃな、兄貴が命じた事を兄貴より序列が低い俺が覆す事は出来ねぇよ」
「そうか・・・ま、普通に考えればそうだよね」
「どうする?素直に止めるか?」
否、と首を振る。にこやかに私達の作戦会議を見守っていた嘉保が表情を曇らせた。そんな彼に、私は小さく一礼して謝罪の言葉を述べる。
「ごめん!やっぱり、好奇心には勝てないんだ。魔女だからね。だからさ、嘉保も一緒に行こう」
「え?いや、その理屈は可笑しいでしょう!?」
「これで蘇芳に何か言われても、「仕事してるじゃないですか」って反論出来る!」
「しませんよ、そんな命知らずな事!」
駄目です、部屋に帰ってください。そう言って嘉保が身を乗り出した瞬間。ぱちり、と指を鳴らす。
途端、がちり、と文字通り嘉保の動きが停止した。まるで、彼の時間だけがいきなり止まってしまったかのように。
驚いた顔をした彼はしかし、すぐに現状を把握。さすがは宮仕えのエリート。
「拘束術ですか・・・っ!」
「ごめんごめん!大丈夫、放置したりしないから!」
「お前・・・そんな事してまで街へ行きてぇのかよ」
呆れ返った松葉くんの声がしたような気がしたが、聞こえなかったフリをして黙殺。自分に都合の悪い事は聞こえない耳なんて、便利じゃないだろうか。