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夜中2時過ぎ。丑三つ時。
ぱちり、と私は目を醒まし起き上がった。消していた明かりに火を灯す。室内がぼんやりと明るくなった。私は着替える、リアディ村で着やすいと愛用していたワンピースに。
正直に言ってしまえば――私は、ここから抜け出すつもりだった。別に、皇居生活が嫌になったわけじゃない。ただのたんなる、興味だ。事件の犯人、真相、謎――何でもよかった。私の好奇心を満たせるのであれば。
そして、本能的に。
それが出来るのは今日しかないと思う。今の機会を逃せば、二度とこんな機会には巡り会えないと思った。
だからこうして私は、未だに恐い皇子様の言いつけを破り、外の世界へ行こうとしている。
魔法で私が出す音の一切を消し去る。そうしておいて、姿をも消し去り、気分はまさに透明人間だ。人にぶつからない限りは、私の姿を見る事が出来る人間などいないだろう。
一瞬迷って、机の上に放り出していたネタ帳を手に取る。
――もし、万が一、犯人と出会ったとしてメモを取る暇があるのかは疑問だったが、長年連れ添ってきた相棒を置いて行くのはしのびなかったのである。
「よし・・・」
ネタ帳をポケットにねじ込み、静かに息を吸う。部屋の戸をゆっくりと開けた。いくら姿も音も無いからといって、戸が開く所を視られればジ・エンド。
幸いにして、侍女の姿も何も無かった。廊下は不気味な程に静まり返っている。
当然だ。誰も彼もが事件を恐れ、警戒し、日が暮れてからは部屋へ閉じ籠もる者もいるぐらいなのだから。
短く息を吸う。自らを奮い立たせるように。
「・・・っ、行くか」
戸を閉める。もちろん、明かりは消した。そっと、滑るように廊下を走り、門へ。走る、走る、走る。
目に見えないと言っても、人に会わない方がいいのは言うまでも無い。
高鳴る心音が恐怖によるものか緊張によるものか、或いはまだ見ぬ何かに期待しているが故なのか。判断は出来ないけれど。
「っ・・・!」
あと少しで門前。そう思って走る速度を上げようとした矢先。廊下の先に人影が見えた。月を見上げ、ゆっくりと廊下を徘徊している。もちろん、私の姿は見えていない。
こんな時間にいったい誰だ。そう思いながらも、人影にどんどん近づく――
はたして、月を眺め歩いていたのは不知火松葉だった。寝間着の上から温かそうな羽織を着て、とくに行き先も無さそうに廊下を渡っている。月明かりで仄かに青白く染まった相貌は、皇族特有の美しさを持っていた。さすがは蘇芳や紫苑ちゃんの兄弟。
道を変えるか、或いはそのままやり過ごすか迷い――
私は後者を選んだ。
どうせ、見えていないのだから、黙って横を通り過ぎればいいのだと。