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夜だ、満月が昇っている。
シンプルな部屋の椅子に腰掛けた不知火蘇芳が私を鋭い双眸で射貫く。ややあって、彼は頷いた。「そうかもな」、と。私の意見に賛同するように。
しかし続けて、だが、とそう言った。
「生物兵器の有無が曖昧である以上、それは断定出来ないな。何故なら、証拠が何も無い以上それは架空の、存在し得ない道具の域を出ないからだ。あり得ない話では無いが、現段階でその可能性は薄い。検討する価値も無い程にな」
それはつまり、そういう方針で調査する事は出来ないという意の言葉だった。だけど、私はそれでも構わないと思っている。
何故なら、それが人間の仕業であれ人外の仕業であれ、私には関与できない問題だからだ。一部の人間は魔女狩りを強行しようとしているらしいし、迂闊に問題に首を突っ込めないのが現状。
――事件の渦中に行くつもりは、微塵も無いのだけれど。
事件の詳細について論じるのは、楽しい。
「魔女が一般人の間でほとんど知られていないように、魔道士の知識もみんなおざなりだよ。魔法って凄いんだよ。やろうと思えば、たぶん何でも出来る。問題は力があるか無いかだ」
「何でも、という定義が広すぎるのも問題だな。どこからどこまでが『何でも』という言葉に含まれるのか分からない」
「そういえば、そうかもしれないね。けれどね、再三言うようだけど、生物を創り出す事だって出来る。絶対に。意志とか、そんな人間的な感性とかを無視するなら。創れるんだよ」
そうか、と頷いた蘇芳はそこでまさにぴったりのタイミングで、話題を変えた。
「お前に一つ訊きたい事がある。俺に魔法の知識はほとんど無いようなものだが・・・『召喚術』の線は無いのか?」
「召喚術?あぁ・・・失われた魔法の一つだね。検証していないから、本当にそういう類の口寄せ系統が使えないのかは微妙なところだけれど、魔道士間で使っている人はいないはずだよ。人間の間ではまず間違い無く、禁止されている魔法だからね」
失われた魔法なるものは、大きく分けて2種類ある。
その強大さ故に魔道士協会が禁止令を敷き、使用する者がいなくなったが故に滅びたもの。もう一つは、単純に血筋で使える人間が限られる魔法。魔女ならば使えるのかもしれないが、いちいち検証する魔女はいないので真意の程は不明である。
――そして、召喚術というのは前者に当て嵌まる。
カメリア師匠の手記によれば、その『召喚術』はある日、協会が厳しく禁止令を言い渡し、使う者が激減、現在に至るまで使っている者はいないはずだ。禁術の使用は重罪である。
「それはつまり、お前達魔女でも扱えない魔法だということか?」
「さぁ・・・私は半人前だから無理だけど、師匠とかなら使えるかも。ただ、私達は基本的に頼まれて魔法を使う事はしないから、出来たとしても使ってくれるとは限らないよ」
「魔女にとって術式なるものは必要無い。素晴らしい事だな」
「褒めたって何も出ないよ。ま、召喚術は魔女にとって使う必要の無いものだね。自分で戦った方が強いだろうし」
一人前ではない私こそ、召喚術なんていう他力本願な魔法が必要なのかもしれないが、お師匠様辺りには必要無いはずだ。何より、イライアスという物理攻撃の頂点に君臨する獣人が着いているのだから。
「それより、召喚術に興味でもあるの?」
「・・・ドルチェ。お前は世間知らずだな。外の世界では、テロが流行っている。見た事のない魔法で行われている、な」