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それから安心しきって昼まで内職に没頭した私は、肩のこりをほぐす為、少し外へ出て行く事にした。と言っても廊下へ出て紫苑ちゃんに会ったり松葉くんに会ったりするだけなのだが。
軽い気持ちで部屋の外へ出た私は程なくして不知火紫苑を発見した。しかし、一緒に従者である嘉保もいる。彼を見るのはかなり久しぶりだ。
「――夜、女性の――――で、―――――だそうです。蘇芳様が―――――」
遠すぎて何の話をしているのかは分からないが、嘉保の顔は無表情だった。いつもの朗らかな笑みは姿形もない。対峙する紫苑ちゃんの顔は蒼かった。蒼白。まるで、病人のように。
「何故――だけれど、お兄様が――――だったら、――――にも言―――――」
「――――そのつもりです。――――――――」
淡々と言葉を吐き出す嘉保。紫苑ちゃんはその長い袖で口元を押さえている。酷くおぞましい話を聞いた時のような、反応。実際そうなのかもしれない。
そんな2人の会話に通り掛かりの不知火松葉が加わった。
はっ、とした顔の嘉保が彼に深々と礼をする。それを心配そうに姫君が見つめた。事情を知らないらしい皇子は怪訝そうな顔をしている。
三者三様の反応だったが、この輪に私が加われるかと問われるのならば答えは否だ。
私は皇族達の会話に混ざれる程偉くも、ましてやその権利も持ち合わせていないのだ。
「何があったんだよ」
最後に加わった松葉くんの声は思いの外大きかった。遠くからその様子を盗み見ている私にもはっきり聞こえる程に。
「実は――」
嘉保が再び話し始めたのを見て、私は撤退する事を決めた。これ以上この場にいても邪魔になるだけだ。何やら真剣な話をしているようだし。
もし、私にも関係のある話ならば、それは凛凛がすべきだ。
彼女は――私の為に派遣された侍女なのだから。