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どうやら不知火蘇芳の中で私を部屋へ招待した理由は確実に終わったらしく、一頻り笑った後、何事も無かったかのように机へ向かう。こういう風に会話を持っていく事を念のため決めていたのだとしたら、それは素晴らしい策略だ。
それ以上部屋へいるつもりも、理由も無かったので立ち上がる。
「じゃあ、帰るから。仕事ガンバッテ」
「・・・今の時間にか?」
「早く部屋に帰らないと日が昇っちゃうじゃん。仕事の邪魔するのも良くないし」
「止めておけ」
手を止めずそう言った蘇芳は思いの外真剣そうな雰囲気を出している。
「こんな時間に部屋からお前が逃げるように自室へ帰るのを誰かに目撃されれば、要らない噂が立つ」
「うん?」
「『第一皇子と魔女の仲はあまりよくない』、『ならば新しい妻を娶るべきだ』」
「極端過ぎるでしょ・・・。というか、人の目とか気にするんだね」
「俺が気にするのではない。お前が気にする事になるからだ。帝国へ来た以上、肩身の狭い思いはさせたくないからな」
「人道的なんだね。無愛想だって聞いていたけど」
「噂は噂。真実であるとは限らん」
それに、と蘇芳が続けて言う。
「俺はこれ以上妻を娶るつもりはない。一夫多妻制なぞ今更古いな」
「んん・・・村には女ばっかりいたから、あまりよく分からないな・・・」
――しかし、確かにこんな時間に夫の部屋からそそくさと逃げるように自室へ戻る妻というのも評判が悪いかもしれない。
波風立てたくないし、もう少し夜も更けて人が寝静まった頃に部屋へ帰れば問題無いだろう。凛凛は話せば分かる人だし、明日の事をうっとりと考えていたが怒る事は無い。
「そこに俺が借りた本が積んである。暇なら読んで構わない」
「らじゃー」
そう言って私は本を手に取り、ベッドに腰掛けて読書を始める。
――そのおよそ30分後。うっかりベッドに横たわり、うっかり爆睡してしまうとも知らずに。