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――「貴方、自分が如何に理不尽な事言ってるのか分かってるんですか?人は、いきなり話せと言われてペラペラ話せるような生物じゃないんですよ!そういう無茶振りは、専門の人にお願いします」
一思いにそう言えるのならばどれだけ言いだろうか。恐らく、ここで格好良い人間は言うだろう。一思いに。しかし私は、意気地のない魔女だった。
よって、絞り出た言葉は以下の通りである。
「えっと・・・いきなり、言われても・・・」
――だから何だよ。
自分で言っておきながら自らそうツッコみざるを得ない。もう一度呟いておこう。
だから、何だよ――
そろりと皇子様の反応を伺う。先程まで虚ろながらも私を見ていた瞳は瞼に隠され、何かを思案するように眉間に皺を寄せている。明らかに機嫌を損ねた。
「・・・なら、図書室の件について改めて礼を言おう」
「・・・・」
それ、昨日も聞いたけど。思ったがその言葉を呑み込む。しかし、私の下手な演技は彼に筒抜けだったらしい。ふっ、と微かに笑う。
「あの場では顔色が良くないようだったからな。人酔いしたのか?リアディ村の人口は少ないから、人間が大勢いて居心地悪かったのだろう?」
「そうですね。何かのお祭りかと思いましたよ」
「人払いをしておけばよかったな」
「・・・どうせ、そのうち通る道でしょ」
「あぁ。しかし、まさかあそこまで顔を真っ青にするとは思わなかった。すまないな」
今の会話の流れならば――気になっていた事を訊けるかもしれない。図々しい問い掛けというか、答えは決まっているはずなのだ、が。
「皇子様は、廊下でお会いした時――私が、貴方の正室である事に、気付いていましたか?」
――この場面、出来れば否と答えて貰いたい。それが嘘であったとしても。
しかし、私の願いは見事裏切られる事となる。
「もちろんだ。まさか誰も付けずに廊下へ出て来ているとは思わなかったから、驚いたぞ。それに、お前以外、誰もいない状況下だったからな」
「きっ・・・気付いていて、私には言わなかった、と?」
「そうだ」
だとしたらタチの悪いジョークだ。隠蔽する必要は無かったはずなのだ。お陰で、本来、自分の夫に伝わるべきでない言葉までもがそのまま筒抜けに明け透けに伝わってしまった。
言ってくれればよかったのに、そう言おうとして息を呑んだ。
――「部屋に来い」。そう言われた時の、鋭い双眸が真っ直ぐに私を貫く。酷く真剣な顔をし、私の言葉を封じたままで至極真面目に、不知火蘇芳は言った。
「その方が面白いだろう」
――そうして私は言った、言ってしまった。
「はぁ!?こ、こっちが、あの日からどんな罰を受けるのかってドキドキしてたのに!何楽しんでんだコノヤロー!」
――やっちゃったぁあああああ!!
叫び終わった後に気付く。とんでもない事を言ったと。皇族の、それも第一皇子に向かって「コノヤロー」。首がとんでも何ら不思議ではない発言である。
そんな私の思いとは裏腹に、心底楽しそうな顔で――まるで、さっきまでの真面目でシリアスなムード全てが嘘であったかのような顔で、蘇芳が笑う。
「そうしていろ。敬語とは敬っている相手に使うものだ。そして、ドルチェ。お前程そういう丁寧な言葉が似合わない女はいないな」
「・・・あ?」
――こいつ、ぼんやりしていると思ったらとんだ食わせ者である。かく言う私も、一杯食わされた人間なのだが。