3.





 やって来た部屋の前でもじもじとどうすべきか考える。私はもちろんこのまま身体を反転させて部屋へ真っ直ぐ帰りたいが、それをしてしまうと大事になるので自粛。
 だがしかし、もしここで我が物顔をして不知火蘇芳の部屋の戸を叩くとしよう。それはそれで非常に図々しくないか?そう考えるとなかなか実行に移せなかった。というか、忘れられていたらどうしよう。「なんでここに・・・?」なんて言われたら立ち直れない。
 ――いやそれでも、そろそろ腹をくくらなければ。いつまでもここで棒立ちしているわけにもいかない。それではただの不審者だ。
 意を決し、いつも凛凛がしているように戸をノックしようと手を伸ばす。
 途端、その戸が開いた。するするっと。
 ――あれ、いつから自動ドアになったんだっけ?やっぱり皇族の部屋っていうのは私みたいなのの部屋とは違うの?
 混乱した頭でそんな意味不明な事を考えていれば頭の上から声が降って来た。

「いつまで外に居るつもりだ。早く入れ」
「ヒッ!?」
「何を驚いている・・・?」

 恐る恐る顔を上げると、やはりどこかぼんやりしたイケメン顔。片手には墨の付いた筆を持っている。仕事中だったのか。
 私の反応に怪訝そうな顔をした彼は脇に退いて通り道を作る。変なところで紳士的だなと思いながらも、挨拶の時と同じトーンでおじゃまします、と呟いた。
 ――とりあえず、訊いておかなければならない事が出来た。
 声を掛けるのは躊躇われたが、まさか同じ部屋にいて一言も会話が出来ないなど異空間を形成したくはなかったし、なにより気になったので。

「えぇっと・・・どうして、私が外にいることに・・・?」
「気配で分かった」

 ――気配!?どういう事なの!?
 ちなみに私は彼が部屋にいるなんてこれっぽっちも分からなかった。出来れば留守にしていて欲しいなと思っていたのだし。

「はぁ・・・」
「紫苑は魔道士だが、俺は剣士だ。お前の隠しもしない気配はすぐに分かる」
「・・・はぁ」

 ――そして私は魔道士です。ぶっちゃけ、剣士などというジョブの人間にはこれまで一度だって会った事が無い。イライアスはどちらかと言うと格闘家だし。
 彼はグリズリーの獣人なので、嗅覚と聴覚、そして腕力は桁外れだった。私が驚かしてやろうと外で待ち構えていたら逆に驚かされたのは良い思い出である。あの後、どうして分かったのかと訊いたら「ごそごそ動く音がしたし、お前の匂いがしたから」と至極当然そうな顔で言われた。
 ――何が言いたいかというと、つまりは納得出来る解答だったのだということだ。

「・・・・」

 顔を上げ、室内を見る。室内格差社会の一端を垣間見た。
 私の部屋には机とベッドしかないというのに、彼の部屋には大量の書物と立派で重厚な造りの机、私の部屋のベッドより万倍寝心地の良さそうなベッド、大きな本棚などなど、色々置いてあり生活感に満ち溢れている。
 そもそも――部屋の大きさがまず違う気がする。私の部屋より幾分か広いのだ。自室にこんな大きな本棚を置いたら寛げるスペースがかなり減るのに、彼の部屋はそれを置いてなお余りある広さだ。