4
凛凛、凛凛とまるで鈴の音でも奏でているかのように従者を小声で呼びながら廊下をひた走る。その際、魔法で消音するぐらいには理性が残っていたが、後は焦りと恐怖でがむしゃら状態に違いはなかった。
部屋へ入り、戸を閉める。が、すぐにその戸が叩かれてもう一度開けることになった。言わずともがな、情報の早い侍女である凛凛がやって来たのだ。
「どうかなされましたか!?」
私の真っ青な顔と変な汗を見て事態は深刻だと思ったのか、凛ちゃんが血相を変えてそう尋ねる。
彼女は私に水を渡しながら、ゆっくり話してくださいと実に手慣れた様子で言う。
だんだん緊張が収まって来た私はさっきあった事をありのまま、凛凛に話して聞かせた。
話し終わる頃には彼女の顔は乙女チックな色を帯び、うっとりと頬に手を当てている。どうして凛凛がこうもロマンチックとでも言い出しそうな表情をしているのかがまるで分からない。
「素敵な事じゃないですか。良かったですね、ドルチェ様!」
「良くない、良くないよ!?これ行ったら最期、私、日の目を見る事無くなっちゃうかもしれないんだよ!?」
「え?ですが・・・夫が妻を自らの部屋に呼ぶことの、何が可笑しいんでしょうか・・・?」
心底不思議そうな顔をされる。当然だ。
――私も、話してる途中で実際そう思った。
だけど、何と言うか「来い」と言われた時の目つきが。呪い殺してやると言わんばかりに気に満ち溢れていたというか、不知火蘇芳とちゃんと目が合ったのはあの時が初めてかもしれない。
ともあれ、私が言いたい事は一つ!あれは絶対、何か恋人みたいな甘いムードではなかった!!
さらに――
「私、嬉しいです。ドルチェ様が、蘇芳様と――きゃあ!なんて素敵なんでしょう!!」
「鬼か!い、遺書とか書かなくていいかな?」
「え?明日の朝餉は、ドルチェ様の部屋へお持ちした方がよろしいのでしょうか。それとも、蘇芳様のお部屋へ?」
「ねぇ、私の話を聞こう!?何でスルーしてんの!」
私よりも従者の方が浮かれているようで、こちらの話をまったく聞いてくれない。予想はしていたが。「今日はこいつの世話しなくていいんだ、やった!」とか思われているんだろうな。
そして同時に「実は行きたくない」という旨の言葉をも口に出来なくなる。ここまで凛凛が喜んでいるのに、それに水を差すなんて出来ない。
じゃあ、夕餉持って来ます、とスキップしながら凛ちゃんが部屋の外へ消える。
その日の夕飯は驚く程しょっぱかった上、何だか視界が滲んでどんな料理が並んでいるのかもよく見えなかった。
――こうして、私は最後の晩餐を終えたのだった。