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読みたい本を借り、部屋へ帰ろうとした時にそれは起こった。
結局、松葉くんと別れた後、2時間以上も図書室に入り浸ったのだが図書室から出た瞬間、出会ってしまったのだ。
昨日、「部屋へ帰っていい」と言われてから一度も言葉を交わしていない、第一皇子に。
というか鉢合わせした。まったく意図などなく、それは向こうも同じだったのだろう。やはりぼんやりとどこを見ているのか判断に苦しむ視線を微かに向けられる。
「・・・どうも」
「あぁ」
挨拶はすべきだと思い、軽く頭を下げる。両手には本を抱えており、少々不格好だったが気を悪くした様子も無く皇子様も微かに首を縦に振った。こういう鷹揚なところは皇族たりえる。
とくに話す事も無かったので、トラブルを巻き起こす前にこの場を去ろうと足を進める。彼もそれを止めはしなかった。
横を通り抜け、ほっと一息吐こうとした、刹那。
とん、と肩に手を置かれた。途端、硬直する身体。微かに悲鳴が漏れたがそれは蚊の鳴くような声で彼の耳に届いたかどうかは怪しいところだ。
油を差し忘れた機械のようなぎこちなさでゆっくりと、首を回し振り返る。
「えぇっと・・・何か?」
ぼんやりとした目――は形を潜め、何だか鋭い視線に射貫かれる。
――え?怒ってる?怒ってる!?嘘、何か変なこと・・・!まさか、さっき覗き見してたのがバレた!?
あまりの恐ろしさに視線すら外せず、引き攣った顔で旦那様の前に仁王立ち。端から見ればシュールな光景である。
「――お前」
「はい?」
とうとう眉間にしわ寄せだしたよ!?これ怒ってるでしょ、絶対に!!
背筋を薄ら寒いものが滑り落ちるような錯覚。つまりは戦慄。今から戦にでも行くような鬼気迫った顔に感じるが、これつまり私が何か無礼を働いたということだろうか。いや、多分さっき覗き見ていたのを知ってたのだろうが。
見つめ合っているのにトキメキどころか命の危機を感じる。
やがて、ゆっくりと皇子様は私から視線を外した。当初のぼんやりした目に戻る。
「夕餉を摂ったら、俺の部屋に来い」
「えっ!?」
――鉄拳制裁!?いやいやいや!いかん!部屋は駄目だよ!完全に相手のテリトリーだよ!!
どういう事ですか、そう尋ねる前にまるで何事も無かったかのように不知火蘇芳が踵を返しすたすたと歩き去って行く。完全に恐怖し戦慄していた私は、その後を追い掛けるような勇気など無かった。