2.





「おら、見てねぇで行くぞ。お前も兄貴が他の女といるとこなんて見たくねぇだろ」

 意外にもそんな紳士的な言葉を吐いた松葉くんから腕を引かれる。しかし、残念ながら私は彼が想像しているような純情で従順な妻じゃないのだ。
 よって、自らの唇に人差し指を当て、静かにしろと無言で伝える。
 怪訝そうな顔をした皇子はしかし、利口だったらしく黙る。

「しーっ。ちょっと覗くだけだから・・・」
「趣味、悪ぃぞ」
「うるさいな。夫の事を気にして何が悪のさ」
「・・・取って付けたような理由にしか聞こえねーよ」

 などと言いつつ物陰から不知火蘇芳を覗き見る。やはり松葉くんは真性のツンデレだ。何だかんだ言っても付き合ってくれるところとか。
 ――が、状況は一瞬前までと何ら変わっていなかった。相変わらずエリザ嬢が皇子様にくっつき、可愛らしく微笑んでいるだけだし、皇子様本人は本を選ぶのに夢中だ。実にちぐはぐ。
 「戦争好きで無愛想」そんな、カメリア師匠の言葉を思い出す。確かに、彼に愛想は無いが――

「どちらかと言うと、ドライだよね。ストイックとも言うのかも」
「あぁ?兄貴がぁ?なんつーか、みんなそう言うけどよ、そうでもないぜ」
「そうなの?」
「興味が無い事にはとことん興味ねーけど、相応の情熱を持ってる奴だよ。ま、嘉保の受け売りだけどな」

 そういえば、ここへ来てから嘉保くんの姿を見ていない。彼には彼の仕事があるということか。
 だけど、と少しだけ困ったように松葉くんは眉根を寄せた。

「兄貴の興味は恋愛には向かないだろうな。そうすると、エリザさんも可哀相っちゃ可哀相だぜ。あんたは・・・あんまり兄貴に執着しねぇみたいだし」
「そうなの?ラブラブしてるようには見えないけど、邪険にされている風でも無いよ」

 根っからの恋愛体質者なる存在に出会った事がある。次から次に女性を好きになる男だったが、本人に浮気をしているつもりはないのだ。誰もに平等な感情を抱き、その感情がたまたま『愛』などという薄ら寒いものであっただけで。
 私は恋愛小説の作家だが、それが現実には起こりえない事を知っている。希望的観測でしかない事を自覚している。それをイライアスに話せば、彼はロマンが無いと実に彼らしくない事を言ってくれたが。

「けど――兄貴には好きな人間なんていねーんじゃねぇか?」
「それならそれでもいいんじゃない?私はもっとこう・・・普通の、普通に愛のある家庭を築きたかったけど」

 そこで不自然に会話が途切れた。最初に紫苑ちゃんと会ったとき、「兄様が結婚出来て良かった」と喜んでいたが、根はもっと深いところにあるのかもしれない。この国の皇族達は、結婚について過剰だ。
 その何も進展しない光景にも飽きたのか、くるりと松葉くんは背を向けた。本も借りずに帰るらしい。

「じゃーな。まぁ、何かあったら言えよ。・・・勘違いするんじゃねーぞ、兄貴の正室だからだからな!」
「ツンデレ美味いっす」
「はぁ?」

 溜息だが聞き返したのかよく分からない声を漏らした彼は今度こそ図書室から出て行った。