2.





 街から帰って来た私は、もう絶対に外へ出ないと固く誓っていたのだが、ふと気付いたのだ。
 ――夜、読む本を図書室へ借りに行こうと思ってたんだった。
 いくら夜遅かろうと、ベッドに入ってすぐ寝付けないのが私だ。その暇な時間を潰す為に読書はうってつけ。よって、寝る前はファンタジックで恋愛的な小説が必須だった。もちろん、村を出ようがそれは変わらない。
 少し迷った末に、結局私は部屋を飛び出した。

「んん・・・?」

 戸を開き、中へ入ってすぐ先客がいる事に気付いた。皇居のすぐ隣にそれがあるせいか、図書室へ行く人間は少ないのだと凛凛は言っていたのだが。
 ともあれ、本を選んでしまおう、と目当ての本が並んでいる棚へ移動。そうすると、先客の姿がはっきりと見えた。見えてしまった。
 ――不知火蘇芳。
 そういえば、彼と出会った時も図書室へ行ったのだった。そう思えば、彼がここにいる事は何ら可笑しいことではない。声を掛けるべきか否か迷い、そろそろと棚の陰から抜け出す。
 一応、挨拶ぐらいはしておこうかという心意気で――

「げっ・・・!」

 が、皇子様は一人きりじゃなかった。傍らには例の側室、エリザ=ノープルの姿。皇子様が本を選んでいる最中、その片腕に抱きついている。歳頃の女の子みたいな光景だが、彼女の歳は多分私より幾分か上である。
 それがいちゃいちゃラブラブしているように見えるかと問われれば答えに困るが、少なくともエリザ嬢の方は恋する乙女そのもので、あんな事を言われた手前素直に可愛いと言えない――否、言わないが、それでも万人が見れば可愛い、愛くるしいと呼べる女性だった。
 結論――恋する女性は可愛いものである。
 一気に挨拶する気も失せ、さっさと本を探してエリザ嬢に罵られる前に帰ろうと身体ごと反転。

「あっ!松葉く――」
「しっ!静かにしろ馬鹿」

 振り返った瞬間、いつの間に現れたのか松葉くんが立っていた。君に会えて嬉しいよ、などと言おうとした矢先に黙れと一蹴される。どうやら、彼もまた私と同じ境遇に陥っているらしかった。物陰に隠れていたのがその証拠だ。
 声を潜め、尋ねる。

「松葉くん、ここで何をしていたの?」
「俺?俺は、調べ物」
「えー・・・そういうの、するようには見えないけど・・・」
「人を見掛けで判断するんじゃねぇよ。こう見えても俺は優等生なんだ。ま、その分剣はからっきしだけどな」
「頭脳派って事ね。ふーん」

 ちょっと意外である。
 ともあれ、仲間を得た私は強気だった。彼がいれば、エリザ嬢に絡まれることもあるまい。さらに、ツンデレを観察出来る時間も増えた。

「コノヤロー・・・何にやにやしてんだよっ!」
「あー、うん。今、ちょっと小説のネタが浮かんできて。売れるよ、間違い無く」

 へぇ、と一応は納得する素振りを見せた松葉くんはしかし、酷い疑いの眼差しでいつまでも私を見ていた。