1.





 昼時、歩き疲れた私達は茶屋の一つに足を運び休憩していた。紫苑ちゃんは抹茶アイスを、私は抹茶シフォンを頼み、飲み物も何だか高級そうなそれを頼んでいる。
 少し疲れた顔をしたお姫様が不意に微笑んだ。それはもう見目麗しく、きっと私が男だったら一目惚れするレベルのどことなく無邪気でだけどどこか女性的な笑みだった。どうしたの、と訊けば余計に彼女は楽しそうな顔をする。

「うふふ。こうやって誰かと出掛けたのは久しぶりだと思って」
「え?何か街慣れしてたけど・・・」
「お姉様がいた頃は、こうやってよく街を歩いていたのよ。ドルチェは全然街の事なんか知らないから、私がお姉様になった気分だったわ」

 そうだ。不知火紫苑は第二皇女である。つまり、第一皇女がいるということ。それがどこにいて今どうしているのかは知らないが、こういう言い方をするということは、帝国内にいないのかもしれない。
 ――嫁いで行ったのかも、しれない。

「おままごとみたいだわ」
「そうかな?私は、初めての事だらけで全然そんな気分じゃないけど」
「そうね、そうだわ。わたしは最初、貴方の事がとっても羨ましかったけれど、こうして一緒に遊んでいると、第一印象ってあてにならないのがよく分かるわね」
「はぁ・・・」

 いや、紫苑ちゃんの方が境遇的には羨ましいんだけどな。言い掛けた言葉を呑み込む。誰しも、自分が持っていないものは輝いて見えるものだ。私が、紫苑ちゃんの事を羨ましいと思うように。また、逆もそうであったように。

「ねぇ、ドルチェ。また街へ繰り出しましょう?松葉は男の子だし、皇居にはわたしと対等に話せる人間の数が限られているのよ」
「それは全然、一向に構わないし、むしろ私がお願いしたいところだけれど――まずその、金遣いの荒さについては後々よーく話し合わないといけないよね」
「・・・はぁ?」

 目の前で札が次から次に消費されていく様を見るのは心臓にも精神的にも悪い。往来で奇声を上げた私を、道行く人々が白い目で見ていたのは記憶に新しい。
 あの痛々しい視線、視線、視線を思えばもう少し私は金銭的事情に関して鷹揚にならなければならないのだろうか。

「ドルチェ。ところで、お願いがあるのだけれど」
「お姫様・・・無垢な顔して次々にお願いしてくるよね。いいんだけど・・・いいんだけどさ・・・」
「わたしに魔法を教えてくれない?」
「はい?教えるも何も・・・私、魔女だけど・・・」

 魔女というのは魔道士の最高位である。という意見と、人間の亜種である、という意見とに分かれる。前者は魔道士の意見であり、後者は剣士と獣人の言い分だ。剣士はそのあってはならない強さ故に。獣人は同類意識故に。
 つまり――突き詰めて考えれば、魔道士と魔女はまったく別の存在である。何せ、魔女は先天的な才能を以てして生まれる。よって、絶対数はこの星にいるどんな生物より少ないだろう。
 すなわち――私が、魔道士に教えられる事は何一つ無い。
 最高位に君臨する魔女、《悠久の魔女》曰く、魔道士にとっての魔法とは掘り下げ突き詰め研究する、学問であるが魔女にとっての魔法とは妄想空想の産物であり、想像を具現化させる為の玩具でしかない。
 魔力を無尽蔵に秘めた亜種と、そうでない種。それは圧倒的なアドバンテージである。

「わかっているわ。わたしが使う魔法と、貴方達が使う魔法が違うという事ぐらい。だけれど、魔力の流れを読む事に関しては、わたし達に何ら違いは無い」
「それは――私と一緒に、魔道の研究をしたいってこと?」
「恐れ多いから、そんな事は言わないわ」

 差し出された白い綺麗な、陶磁のような手。
 その手を、私は――静かに取った。断る理由は無かったし、楽しそうだったから。