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 何事も無かったかのように着替える。東瑛帝国内では浮きまくるこの服も、これしか着る物が無いのだと思えば不思議と我慢出来た。嫁いだからと言ってあまり物乞いするのはよろしくない。
 珍しく謙虚な事を考えていると、狙い澄ましたかのようなタイミングで凛凛がやって来た。手には何やら薄い桃色の着物を持っている。

「あらあら、着替え持って参りましたよ。さぁさ、こちらの着物にも慣れてもらう為に、こちらに着替えてくださいませんか?」
「え・・・あぁ、分かった」

 あのさ、と先程会った側室の事を聞いてみようと口を開く。あまり気に掛けたい存在ではなかったが、何も知らないのもあんまりだと思ったのだ。それに、相手の事を知らなければ何かが起こった時、対処しようもない。

「側室の――エリザさん?がさっき部屋に来たんだけど」
「あぁ・・・あぁ、エリザ様ですね」

 気のせいか、凛凛の顔がやや曇った。あまり気持ちの良い話では無いようだ。
 別に話さなくてもいい、と言おうとしたところで凛凛の方が先に口を開いた。

「2年前からいらっしゃる一番の古参ですね。南の国から来た貴族様です。あまり、貴方様に友好的ではなかったでしょう?」
「そうだね・・・初対面で罵倒されたのは初めての経験だったよ」
「エリザ様は、蘇芳様の事を本気で愛していらっしゃいます。2年も側室で我慢してきたあの方にとって、ドルチェ様はまさに恋敵と言ったところでしょう」
「えぇ!?何それ迷惑!私、そもそも敵というかそれ以前に!対戦する為の土場にすら上がってないよ!?」
「いいえ、正室であるという事がすでに・・・」
「うわぁ・・・嫌だなぁ、皇居内ドロドロ生活ってか・・・」

 ですが、と存外に強い口調で私のネガティブな発言を遮る凛ちゃん。その目は非常に真摯で、むしろこちらが目を逸らしてしまいそうになる。

「ドルチェ様があの方の発言を気になさる必要はありません。彼女は、所詮、側室でしかないのですから。冷たいようですが、立場的には貴方様の方が高いのですよ」
「でも、私は生まれが――」
「いいえ!関係ありません!嫁いで来た以上、その価値を決めるのは全て蘇芳様です」
「そう・・・か・・・」

 彼女が言う事は至極当然だった。しかし、そこまではっきりと言い切られてしまうと何だかやるせない気分になる。そうしなければ、この国が回って行かないという事情は分かっていたはずなのに。
 そう思えばエリザ嬢が酷く可哀相にすら思えてきた。何せ、私は蘇芳様について何とも思っちゃいないのだ。せいぜい、楽に生活させてもらおうという程度の意気込みしか持っていない。

「さ、ドルチェ様。朝餉を持って参りましたよ」
「・・・ありがとう」

 ――けれど、そんな内部事情を知って、思い知らされてなお。
 エリザ=ノープルについて同情の念が一切湧かないというのは、可笑しい事だろうか。道路で馬車に轢かれた猫を見て、「可哀相に」とそんな程度にしかエリザ嬢について考えられない私は、非情なのだろうか。