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配置されたベッドの寝心地は良いし、部屋は日当たり良くて何だか陽気な気分になれる。さらに、頼んだら観葉植物まで設置してくれて新鮮な酸素が吸えている気がする。
――総合的に言えば。
何て素晴らしい部屋なんだ、ここは!24時間ずっとここにいたくなるぐらい良い環境!凛凛も良い人だし、部屋から出たく無いと言ったら朝食はここまで運んでくれるとも言っていた。
これは元々引き籠もりの気が強かった私は、金輪際一歩も外を出歩かないんじゃないだろうか。いや、図書室へ行くのも魅力的だが今は行かなくていい。
とにかく、身体が痛くなるまで眠ろうそうしよう。
浮上しかけた意識を再び睡眠の海へ投げ出す。ここには小うるさく起きろ起きろと言ってくるイライアスも、変なテンションで部屋へ飛び込んで来るカメリア師匠もいないのだから。
さぁ、二度寝の世界へ――
――ドンドンドンドン!!
「なに・・・?」
乱暴に戸を叩く音。凛凛かとも思ったが、彼女がこんな非礼に手を染めるはずがない。訝しげに思うが、しかしこんな朝に部屋を訪れる人間など彼女以外に思いつかなかった。
――もしかすると、緊急事態なのかもしれない。
例えば昨日の私の非礼で、私の首が飛ぶ事が決まっただとか。やっぱり魔女とかいらねーから村へ帰れ、だとか。
陰鬱な気分に陥りながらも、ひとまず戸を開ける。
「え・・・?」
そこに立っていたのは見覚えの無い女性だった。何だかデジャブを感じながらも戸の前に仁王立ちしている、私よりやや背の低い彼女を観察。
茶色の猫っ毛に少し吊り上がった目。しかし、全体的に華奢な雰囲気できっと男性ならばこういう子を護ってあげたくなるんじゃないだろうか、という印象。しかしきつく引き結ばれた唇はその印象をブチ壊しているが。
黙って見つめ合う事、数秒。
どうしたものかと思案していれば彼女の方から口を開いた。
「あたしが誰だか、分かっているの、あんた」
「いや・・・誰だっけ?あ、もしかして知り合い?えぇー・・・ごめんね、何だか忘れちゃってたみたいで」
「違うわよ馬鹿じゃない?」
すっぱり切られた。ちょっと勘に障る物言いである。
眉間に皺を寄せた彼女は自らを手で指し示しながら名乗った。
「あたしはエリザ=ノープル」
「はぁ・・・」
「まだ分からないの!?勉強不足にも程があるんじゃない?本当に、これだから田舎者は・・・。あたしは、蘇芳様の側室よ」
――理解した。
これあれだ!「あたしが一番、蘇芳様に愛されてる」うんちゃらのご託を並べ始めるに違いない!師匠様が持っていた何とか、とかいう恋愛小説の展開にそっくりだ!!
果たしてエリザ=ノープルと名乗った女性は思い浮かべた通りの台詞を口にした。即ち、あたしが一番愛されているのよ、と。まるで頭の中を読み取られたようだ。笑ってしまいそうになるのを必死で堪える。
「あんたなんて、魔女で珍しかったから正室になれたにすぎないんだから!調子に乗らないでよ!何であんたなんかが皇居に図々しく居座っているの!?そこはあたしの部屋よ出て行きなさい!」
「いや、ちょ!ここは私の部屋だって・・・!理不尽過ぎるよ貴方!!」
がっ、と腕を掴まれるが所詮はどこぞの貴族のお嬢様。非力な力で引っ張られたぐらいでは毎日雑用に精を出していた私の足下にも及ばない。
その場から一歩も動かない私に痺れを切らしたのか、お嬢様にあるまじき舌打ちまで溢す。
「いい!絶対に追い出してやるんだから!あんたが持って来た私物なんてこの部屋に置かないでよね!すぐに片付ける事になるわ!!」
そう一方的に告げたエリザ嬢がくるりと踵を返す。そのまま、1回も振り返ること無く荒々しい足音を立てながら去って行った。
「う・・・わぁ・・・」
一人取り残された私は溜息だか何だか分からない奇声を上げる。
まさか入居3日目にしてこんな言葉で殴り掛かって来る人間がいるとは思わなかった。そして、私が彼女に抱いた感情はたった一つである。
「むっかつくなあ・・・」
テンプレート通りの言葉を浴びせ掛けられてあっさり心が折れる程、私という魔女は純情じゃなかったのだ。