4.





 部屋へ帰り、今日の出来事をメモしている最中だった。少し遅い時間だったが、凛凛が訪れたのは。彼女はこの時間以降、私の部屋へ来ないはずだったのだが、何かしら用事があったらしい。
 とくに邪険にする理由も無かったので中へ招き入れる。

「それで、どうしたの?凛ちゃんや」
「えぇ、早急にお伝えすべき件があります。夜分遅くにすいません」
「いいよいいよ。丑三つ時からが私の時間だから」
「はぁ・・・?」

 意味が分からなかったのか、凛凛が首を傾げる。何を言っているんだろうとでも思われているんだろう。
 しかし、すぐに立ち直った彼女は深々と頭を下げた。驚いて固まる。どうしろと言うのだこの状況。

「え?え、えっ?なになに、どーしたの!?」
「私、今日からドルチェ様専属の従者となりました。今後ともよろしくお願い致します」
「専属!?何それ金持ちそう!」
「いいえ、貴方様は東瑛帝国第一皇子の正室。当然の処置でございます。私も、奥様の付き人になれて光栄の至りですよ」
「いいよ、無理してそんな事言わなくて!ほら、見て!こんなに鳥肌がッ!!」

 格式張っているというか、とにかく寒気のするような光景だった。人間皆平等などという戯言を囀るつもりは無いが、それでも私は自分自身が人を従えるような人間でない事を知っている。
 人を従える人というのは、カメリア師匠だったり皇族の彼等だったり、或いは見目麗しい不知火の姫君だったり、ああいう人達の事を言うのだろう。
 しかし、私の思いとは裏腹に話は進んでいく。

「これは蘇芳様の処置なのです。私が気にくわないのでしたら、直接蘇芳様に掛け合ってください」
「いや、むしろ貴方で良かったよ・・・全然知らない人が来ても困るし」
「そうですか!それでですね、私はいつ如何なる時でも、ドルチェ様が呼べば参じますので、何かありましたらお呼びつけください」
「あ、うん・・・」
「近くにいる者の手が借りたいのでしたら、誰にでも声を掛けて結構ですよ。そして、蘇芳様の配慮により、ドルチェ様も皇居から出てよい事になりました」
「言ってたよ、そんな事・・・」

 そうだ、あの時いやに自信たっぷりに「気にするな」などと言っていたのは当然だったのだ。だって、彼が皇居を管理しているようなものであり、彼がそう言えばそれで決定なのだろう。
 ――とんだ口答えをしてしまったが、問題無かっただろうか。
 今更になって背中に薄ら寒いものを覚える。

「そして、蘇芳様からの伝言です」
「ヒッ!?」
「旅の疲れもあるようだから、今日はゆっくり休め、との事です」

 ――これはぁあああ!!
 態度が悪いからもっと上品に振る舞えという無言のお達しに違いない!普通に考えて夫婦間の会話がはいといいえで成り立つ世界がどこにあるというんだ!
 遠回しに体調の事を心配していると見せ掛けて、「魔女のくせにガタガタ震えてんじゃねーよ、生まれたての山羊かお前は。いいからとっとと教養学んで来いカス!」と内心思っているに違いない!

「それではドルチェ様。ごゆっくりお休みください」
「は、はーい・・・」

 ――大丈夫だろうか私。明日あたり皇居の空気に圧迫されて窒息死、もしくは圧迫死してるんじゃないだろうか!?誰だよポジティブに生きて行こうとか嘗めきった事考えて他の!!

「・・・私か・・・そうか、私じゃん!」

 独り言が虚しく室内に響いた。