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私が皇子様の前で怯えきったあまり茫然と立ち尽くしていると、それを待っていると勘違いしたのか、不知火蘇芳が口を開いた。やはりどこかぼんやりとしているが、先程会った時よりははっきり意識があるように見える。
「不知火蘇芳だ。さっきは済まなかったな、だが、助かった」
「あ、はい・・・」
尻すぼみになる言葉を呑み込み、ちらりと視線だけで高貴なその人を観察する。言われてみれば全てが皇族に合致する人だった。ちょっとどころか確実に油断してた。だって、出迎えがまだ帰って来ていなかったから、てっきり蘇芳その人も帰って来ていないものだと思っていたのだ。
「顔色が悪いが、どこか具合でも悪いのか?」
「えっ!?いや、全然大丈夫です!」
「・・・そうか」
不意に質問を投げ掛けられ、裏返った声を上げる。常にそれを朗らかな笑みで受け流してくれる凛凛ですら、場の雰囲気保持の為かにこりともしなかった。「何やってんだこの田舎者は」とでも思われているのだろう。
ぐるぐる回る頭の中でどうしてこうなったのかを考える。しかし、途中から師匠やイライアスと過ごした日々が脳裏を過ぎり始めた。これあれだろう、走馬燈。
なおも何やら話していた皇子様だったが、そのほとんどを聞き流した。というか、聞き取れなかった。焦りすぎて。
はいだとか、いいえ、だとか。そんな単語を口走った覚えはあるから自動的に会話は成立していたのかもしれない。そうでなければ非常に困る。
「――それで」
不意に話の流れが変わった。空想と妄想の世界から現実へ帰還する。生み出した小説の登場人物達が霧散した。
「あ、はい」
「もう部屋へ帰っていい」
「はい・・・え、あ、はい」
あっさりそう言われ、拍子抜けする。もっと長ったらしい話を聞かせられるものだと思っていた。
――どうやら、婚約者はあまりにもドライな人らしい。構って欲しいとか、そんな感情は湧かないがイケメンの顔を長い時間拝めないのは些か口惜しい気もする。
それにしたって予想以上に乾ききっている感が否めないが。
「さ、行きましょう、ドルチェ様」
「あぁ、うん」
凛凛に軽く腕を引かれ、緊張で硬直した足腰を無理矢理に動かして荘厳な部屋から出る。やっと部屋へ帰れると思えば深い、自分でも驚く程に疲れ切った溜息が出た。