3.





 ――そうだ。見納めにもう一度だけあのイケメン顔を拝もう。
 それは完全なる油断だったと思う。というか、別に今じゃなくともよかった。完全に嘗めきってた。お師匠の財産に対する危機感ぐらいに嘗めきってた。
 何も考えず、ただその美形を拝もうと振り返ったらその人と目が合った。あ、と声を上げようとした刹那にはぼんやりしていた彼が盛大に積み上げていた大荷物を落とす。バランスが肝だったそれは、彼の注意力が霧散した事によりあっさり崩壊したのだ。
 ――裏を返せば、とんでもないバランス力だったわけだが。
 さすがにここまで見れば見て見ぬ振りをする事も出来ず、迷ったが、とにかく荷物を広う手伝いをしようと小走りでその人へ近づく。もう彼を皇族じゃないかと疑う事は無かった。彼は一般人だ、どう見ても。

「大丈夫?そんなに荷物持ってるから・・・」
「あぁ・・・すまん」

 やはりボンヤリとそう言った彼の荷物は本ばかりだった。バランス崩壊による倒壊を免れた、彼自身が抱きしめるように持っている道具の方は骨董品の箱ばかり。マニアックである。
 本と骨董品――隠居生活を送る金持ちのお爺さんみたいな荷物だな。
 誰かお偉い人物に運ぶよう命じられたのかもしれない。

「おい・・・おい。悪いが、その本をこの箱の上に乗せてくれないか」
「え?あぁ、はい――って!いやいや!これ絶対二の舞!さっきと同じ事んなるでしょ!」
「次は大丈夫だ」
「何その根拠無き自信!」

 言いながら手にその本類を持つ。重い。これは、魔法の出番だろうか。魔女たるもの、優雅に優美に。そんな師匠の教訓を思い出す。
 しかし、隣で彼が重そうに荷物を持っている傍らで風船のように本を浮かせていたら嫌な気分にさせてしまうかもしれない。そして、目立ちたくない。だが楽をしたい。
 出した結論――重力操作魔法を使って重さを消し、両手で抱えている風に持って重たそうにしている事をアピール。何だこれ完璧じゃないか。

「持ってくれるのか?」
「仕方ない。誰も居ないからね」
「助かる、ありがとう」

 ちらり、とその人を見る。見れば見る程イケメンだが、どこかボンヤリとしており、目の前にいる私ですらその瞳には映っていないようだった。
 ――なんて、もちろんそんなわけがあろうはずもない。

「何か俺の顔に着いているのか?」

 怪訝そうに聞かれたので、慌てて首を振った。

「いや、イケメ――げふんげふん!そっちは重くないのかなぁ、って思って」
「そうか?いや、俺は大丈夫だが」
「ならいいよ。ほらほらっ!これはどこまで運ぶの?」

 一つ頷いたその人が歩き出す。行き先を告げてもらっていないのだが。
 ――言っても分からないと思われているのかもしれない。
 しかし、この人はにこりともしないな。そこだけが、知っている従者との違いだった。