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「わたしに、魔法を見せてくださらない?」
部屋へ入って来た皇女様の第一声はそれだった。心なしか浮かれているようで、瞳に興味という名の光が爛々と輝いている。隣に立つ皇子様は呆れた顔で首を振る。
「俺はただ着いて来ただけだからな!」
「はぁ・・・とは言っても、お姫様。一体どんな魔法が見たいの?」
皇子の言葉を無視し、お姫様に尋ねれば彼女は何故か胸を張った。
「わたしの名前は紫苑よ。お姫様なんて皇居内にたくさんいるのだから、ちゃんと呼んで。わたし、実は魔道士なのだけれど――やはり魔道士というものは、魔女が使う魔法に興味があるものじゃないかしら」
皇女であるにもかかわらず、魔道士なのか。
少々関心したがよくよく考えてみれば驚く程の事では無かった。国を治める王族だとか皇族だとかは魔力を持っている人間が多いとカメリア師匠も言っていたし。
現在の位置付けだと、魔女は魔道士の最高位に位置する、つまりは魔道士の亜種である。根本はもっと複雑に枝分かれしているが、大体はそういう認識で間違っていない。魔道士と魔女との間には越えられない壁がある。
きっと彼女は――不知火紫苑は、その一端を垣間見たいのだろう。
「うーん・・・じゃあ、とりあえずはお茶にしようか」
ぱちり、と手を打ち鳴らす。途端、小さな机の上には所狭しとお菓子に紅茶が並べられた。私自身の分も含め、3人分。生意気だとはいえ松葉少年の茶だけ用意しないなんて子供じみた真似はしない。
顔を上げると皇子様と目が合った。驚いて目を丸くしている姿は歳相応だ。
視線に気付いたのか、不知火松葉が我に返る。そして、羞恥なのか憤慨なのかは計りがたいものの、顔を真っ赤にして叫ぶように弁解。
「べっ、別にすげぇとか思ってねーからな!」
「あー・・・あーあー、はいはい」
「チクショウ!聞けよ、コノヤロー!」
そんな弟の声を遮る姉。素晴らしいわ、と手を打つ。
「さすがは魔女!今のは転送魔法ね。予め、術式を描いた部屋を用意し、そこに保管されている道具を転送する魔法!」
「えっと、貴方も使えると思うけれど・・・」
「えぇ。この程度ならばわたしにも扱えるわ。けれど、魔女の素晴らしさはそんな事じゃないでしょう?素晴らしいのは、言霊の詠唱が必要であるこの魔法を、手を打つだけで展開しうる才能」
紫苑ちゃんが言っている事は正しい。それこそが魔女と魔道士の決定的な違いだからだ。魔女の使う魔法が即物的であるとすれば、魔道士はそれに至るまでに様々な準備を必要とする。
そして、もう一つは――
「魔力容量。常人であればすぐにバテてしまうもの」
圧倒的な使える魔力の量。先天性なので、後で鍛えようと鍛えようがないそれだ。例えば、いくら肉体を鍛える事で鋼鉄のような筋肉を手に入れられたとして。それでも、眼球だけは硬く出来ないのと同じ。腹の中に収まる臓器を強化出来ないことと同じ。
魔力容量とは、持って生まれた、それが全てなのだ。
「何がすげぇのか分かんねーよ、馬鹿ッ!」
――さて、分かりきった魔女の優位性はもういい。私にはそれ以上に気になっている事がある。
と、彼を見る。目が合った。熱烈な視線をさっきからずっと寄越しているのだから私がそちらを向けば目が合うのは必然である。
「なっ、何だよ!こっち見るんじゃねーよ!」
「・・・松葉くん」
「あぁ!?」
――君って、もしかしてあれじゃね?ツンデレじゃね?
言い掛けた言葉を寸での所で呑み込んだ。
一言言おう。
私は今、興奮している!