2.





 案内された場所は何やら部屋の前だった。装飾が美しい引き戸。金箔がきらきらしていて、目に眩しい。ここが私の部屋なのだろうか?
 その疑問に応えるかのように、嘉保が口を開く。

「ここは蘇芳様の部屋です」
「うっ・・・とうとうご対面ってこと?」
「いいえ。蘇芳様は現在、お出掛けになっているので。帰って来るのは明日ですから、その時に会えますよ」

 いや、会わなくていいんだが。
 というか、会いたくないんだが。

「そう御心配なさらずとも、蘇芳様はお優しい御方ですよ」
「いやね・・・私はとっても心配だよ・・・」
「それでは、ドルチェ様のお部屋へ案内しますね」

 凛凛が微笑み、その皇子様の隣の部屋を手で指し示す。
 激烈に嫌な予感がし、血の気が引く音を聞いた。これは、予想どころか、まず確実に――

「こちらが貴方様のお部屋です。どうぞ、中へお入りください」
「え、あ、うん・・・」

 次期皇帝の隣室ぅぅぅぅ!!冗談じゃ無い!こんな、ただでさえ息がし辛い所なのに、よりにもよって一番神経をすり減らされそうな部屋の配置!あれか!私がストレスで息絶えるのを狙っているのか!?
 胸の辺りを押さえ、動悸を鎮める。それを後ろから着いて来ていた嘉保が首を傾げて見ていたが知ったこっちゃなかった。
 ともあれ、壁の分厚さとかを確認すべく、戸を開く。

「あの、あのさ・・・リンちゃんさん。おかしいな、私にはベッドだけしかこの部屋には無いように思えるんだけど・・・」
「えぇ、ありませんね」
「だよねぇぇぇ!」

 叫び、はっとして口元を押さえる。幸い、近くに私達以外の人間はいなかった。従者達も差ほど気にしていないようで、やはりにこにこと笑みを浮かべている。
 ――が、彼等の機嫌とこの部屋の中身とは別問題だ。およそ生活が出来る部屋だとは思えない。
 ここで、嘉保が申し訳なさそうに頭を垂れた。

「すいません。異国の方が、一体どのような道具を使うのか分からなかったもので・・・。ですが、言われれば揃えますので、どうぞお怒りにならないでください」
「あ・・・あぁいや、いいけどさ・・・。普通に机とか何とか置いててくれればそれで良かったのに。使う物の形は違うけど、多分生活上で必要な物ってどこも変わらないと思うよ?」
「そうでしょうか?それに、その・・・ドルチェ様は、魔女ですから。我々下の者には及び着かないような家具が必要だったりするかもしれないでしょう?」

 一体この国での魔女の位置付けって何なんだろう。神聖視されているようでもあり、しかし畏怖されているようでもある。
 ここで女性ならではの気さくさを備えた凛凛が言葉を引き継ぐ。

「ですが、ドルチェ様。恐らく、この部屋を使う事なんてそうそうないと思いますよ?」
「えっ?」

 いやいや。部屋なんだから使うだろう。じゃあ一体私はどこで眠るんだ。まさか、魔女だから眠らないとでも思われているのだろうか?
 しかし、この従者は次の瞬間、とんでもない爆弾を落とす。

「だってドルチェ様、きっとほとんど蘇芳様のお部屋で過ごす事になりますし・・・。そもそも、ベッドだって必要かどうか・・・」

 ――ちょっと待てぇぇ!!何それ!何それ!いや、私もいい歳だけどさ、それはちょっとハードル高すぎるよ!?
 狼狽は挙動不審となって表れる。あからさまに動揺する私を見て、凛凛は「ドルチェ様は可愛らしい方ですね」と笑った。もちろん、「いい歳こいてビビッてんじゃねぇよ!」と思われているのだろう。