2.





 私と東瑛帝国の従者達を乗せた馬車のようなものが止まったのは翌日の昼だった。随分長旅だった気がする。全身が凝り固まって今すぐにでも広い所へ飛び出し、走り回って飛び跳ねて、とにかく暴れたい気分である。

「着きましたよ、ドルチェ様。すでに皇居の前でございます。今のうちに身嗜みを整えてください」

 そう言って深々と頭を下げる嘉保。彼はどうやら私と凛凛より先に降りるらしく、身軽な動作で外の世界へと飛び出して行った。
 対する私は今から起こる事を想像し、がちがちと歯の根さえかみ合わない緊張っぷり。それを見て微笑む凛凛を見ても「そんなに緊張する事じゃねーだろチキンめ」と思われているように思えてならない。
 見かねたのか、腰を浮かせた凛凛が失礼します、とそれだけ言って私の手を取った。待ちきれないらしい。

「迎えの者と――第二皇女、不知火紫苑しおん様がお待ちです。どうぞ、ドルチェ様」
「えっ・・・!?」

 ――第二皇女!?今、第二皇女とか言った!?
 それはつまり、皇族。不知火蘇芳という第一皇子の妹君である。五臓六腑が全て口から吐き出されるような緊張感に襲われ、くらりと眩暈がした。いきなり皇子本人が出て来なかった事は僥倖だったが、それを覆すドッキリっぷりである。
 まさかとは思うが、どこの馬の骨とも分からない魔女が嫁いで来たことで何らかの因縁を吹っ掛けて来るつもりなのだろうか。いかん、棘のある言葉を一言でも吐きかけられたら心が折れる自信がある。
 膝がガクガク笑いながらも、凛凛に半ば手を引かれるようにして眩しい外の世界へ。

「・・・うわぁ・・・」

 最初に出た言葉は感嘆。
 まだ見ぬその土地はあまりにも美しかった。赤が主体の、どことなく低い建物。どこまでも広がるその敷地は、それだけですでにリアディ村を軽く凌駕している。
 統一感のある建造物達は、数百年の歴史を物語っているようだ。
 ――これは・・・とんでもない所へ来てしまったんじゃないだろうか。
 変な汗がじっとりと背中を濡らす。暑さ故のものじゃない。
 そして――

「こんにちは」

 ずいっ、と。第一皇子の正室らしい私の通る道を塞ぐかのように前へ進み出て来たのは女性だった。それも、私と歳の差も無さそうな。
 それでも――分かる。この威風堂々たる立ち姿と、高貴さ、優雅さに加えて上品さ。身につけているそれら全てで。
 立ち塞がった彼女はにっこりと微笑んだ。

「わたし、東瑛帝国第二皇女――不知火紫苑と申します」

 それはほとんど予想通りの言葉だった。
 彼女は実に可愛らしい。黒い長髪に赤い瞳、金色の綺麗な簪とふわりと揺れる着物とかいう衣服。どこを切り取っても絵になる女性だ。しかし、何度も言うようだが私と歳は変わらない。

「あ、え、っと・・・ドルチェよ。リアディ村から来たわ」
「えぇ。知っているわ。蘇芳兄様の正室でしょう?良かったわ、兄様が結婚出来て。わたし、本当に心配していたのよ」
「そう・・・」
「えぇ。それに、わたしと歳も近いようだし・・・これからが楽しみよ」

 それがお世辞だったのか或いは皮肉だったのか、それを計る事は出来なかった。というのも、会話が途切れた所を見計らって凛凛が口を挟んだのだ。

「それでは、姫様。私はドルチェ様を部屋へ案内致しますので・・・」
「分かったわ。それじゃあ、ドルチェ。また、後ほど」

 くるりと振り返った凛凛が馬車の点検をしていた嘉保を呼ぶ。そうして、脇を女官や家臣達に挟まれ、私はようやっと皇居なる神聖な場所へと足を踏み入れた。