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私が絶望に浸っている傍らでやんややんやと師匠様に従者二人組が話しているのが聞こえる。彼女等は完全に私を送り出す気満々のようで、その決定を覆すつもりは微塵も無いのだろう。
――が、味方は意外な所にいた。
見かねた、という表現がピッタリなほどなげやりに、それでも一応の反論を挟んでくれたのは会話に参加していない唯一の人間であるイライアスだ。
「カメリアさん。本人は嫌って言ってるみたいっすけど」
「えっ?」
「・・・本人は、嫌みたいですけど」
もう一度同じ言葉を口にする。と、お師匠様はとても意外そうな顔をした。しかし彼は何も不思議な事は一言だって言っていないのだ。私は、最初から、婚約などしたくないと言っていたのだから。
それを気付こうともせず、というか見ないふりをして縁談を進めていた彼女にとってはまさに寝耳に水。
「えー・・・っと、あたし、あんた達がそんな関係だなんて、ちっとも知らなかったわ・・・もう、ドルチェ。あんたも、良い人がいるなら最初からそう言えばいいのに!」
「うぉおおおいっ!何か誤解してる、何か誤解してるッ!!」
あらぬ誤解を生んだらしい。恐ろしくてイライアスの顔色を確認出来ない。あぁもう、と頬に手を当て嬉しそうにするお師匠。眩暈がするので止めていただきたい。
「どこの馬の骨とも分からない奴にドルチェをあげるつもりなんて無かったけど・・・」
――おい。どの口でそれを言うんだ。
「あんたなら良いわ!イライアス!誠実そうだし!」
「いやっ!お師匠様!イライアスが誠実なのは師匠相手にだけですっ!!」
あの、と当人が口を挟む。眉間にかなり皺が寄っていた。
「俺、ドルチェみたいなアバズレはいらないです。はい」
「よーしっ、表出ろコラ」
この野郎、と腕を引っ張るがびくともしない。それどころか、やはり猫か何かのように抱えられて中心に引き戻された。とんでもない怪力である。
ともあれ、これで私に味方する人間はいなくなった。みんな敵だ。チクショウ!
「まぁまぁ、ドルチェ様。蘇芳様は良い殿方ですよ、御心配なさらず」
「そうですよ。俺みたいなのも雇ってくれる、懐の深いお人ですよ」
「うっせぇぇぇ!!」
従者二人が慰めてくれるがむしろ逆効果である。今の卑屈な私には「駄々捏ねてねぇでさっさと行くって言えよカス!」と言われているようにしか聞こえない。
もう人間とか一時信じられそうにない。そうだ、ペットを買おう。猫とか!
そんな項垂れていた私の肩にぽん、と手が置かれた。顔を上げれば少しだけ寂しそうな顔をしたお師匠様の顔がある。
「あたしはね、ドルチェ。あんたがずーっとこの村に居座る事は反対なの。もともと、私が勝手に弟子にしたようなもんだし・・・正直、もっと外の世界を見て欲しいと思ってるわ」
「お、お師匠様・・・!」
「だからこの縁談はいい機会じゃないかしら。こんな女ばかりの村にいたって、いつまで経っても結婚なんて出来ないし、相手は皇族よ?あんたが相手にされるわけ無いんだから、その財産で遊びまくっちゃいなさいよ」
「いやそれは・・・本人様達の前では・・・」
「弁えは大事よ、もちろんね。そういうわけだから、行ってみなさい。耐えられなければ帰ってくればいいわ。あ、それと・・・」
師匠の言葉に目頭が熱くなってくる。何だかんだ言っても、やはり弟子の事は気に掛けているのが嬉しかったのだ。
もう片方の手が肩に置かれる。師匠が近年稀に見る程に綺麗な笑顔を浮かべた。
「帰って来るのはいいけど、土産、忘れないでよ。あ、あと、あたしにちゃんと仕送りするように。東国の簪、っての欲しかったのよね。よろしく」
「・・・やっぱり人間なんて信用出来ないよぉぉぉ!!」
「やぁね、ドルチェ。あたしは魔女よ」
こうして呆気なく、私は東瑛帝国へドナドナされてしまう事となった。さすがのイライアスも二度目は味方などしてくれなかったのだ。