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待って!私の明るい結婚生活が今この瞬間に宇宙の塵になりそうなレベルで危ないんだけどどうすればいいのかな!つか、私魔女じゃねぇし!見習いだ、つってんじゃん!
自分でもよく分からない事を考えつつ、一歩、二歩、と師匠から距離を取る。
魔女を前にたかが数歩離れたところで何かが変わるとも思えなかったが、それでも、そうせずにはいられなかった。しかし、まだ遠いはずの壁に背が触れる――
「い、イライアス!」
「どこ行くんだ」
がっしり肩を掴まれた。彼の顔は穏やかである。自分の主ではなく、その弟子が今にも人身売買の餌食になろうとしているのに。
最早、私に残された手段は声高に「自分ではいけないと思う」という実に不名誉な理屈を並べ、相手方を籠絡する事だけだった。惨めである事は重々承知しているが。
「私っ、魔女じゃないし・・・っ!それに、皇居で過ごせるような淑やかさとは正反対だよっ!というか、んなところ連れて行かれたら部屋から一歩たりとも出ないからね!!」
「部屋から出ない、という件に関しましては無駄でしょうが、見習い魔女である事については一向に構いませんよ、ドルチェ様」
「あぁ、凛凛ちゃん。気にする事は無い。あたしが今すぐ、この子を魔女認定してあげるから」
「魔女の定義テキトーだなッ!!」
凛凛が微笑み、師匠が嗤う。
やはり実力行使に出るしかない、とイライアスの手を一瞬の隙に振り払い、玄関へ走る。
――が、走り出した瞬間には脇腹を両手で掴まれ、まるで幼子を抱き上げるかのようにあっさり騒動の渦中へ戻された。さすがはイライアス。
一瞬で終わった無言の攻防。場面が場面だからか、誰もツッコまなかった。かなりシュールな絵面だっただろうに。
最後の手段、と言わんばかりに私は叫ぶ。もう、身の程知らずとか、恥知らずとかいう言葉に縛られた理性はブッ飛んでいた。
「私、正室以外なら絶対に嫁がないからねっ!!」
まぁ、と凛凛が長い振り袖を口元へ持っていき、驚いた顔をする。こんな発言、国内でしようものなら首が飛ぶだろうな。
――だけど、もうこれ私の勝ちでしょ。さすがにどこの出かも分からない魔女見習いを正室になんてするはずないよね。だってあれでしょ、正室ってのはさ、政略結婚の極みじゃん。おお、恐い恐い。
ややあって震えだした凛凛。あまりの暴言に堪忍袋がプッツンしてしまったのだろうか・・・?
「す・・・素晴らしいですっ!ドルチェ様!貴方様は将来、皇帝の座を約束されたあの方の正室ですよ!よかった!ドルチェ様にその気があって!」
「・・・へっ・・・!?」
「これから、何卒よろしくお願い致します!」
――・・・・・終わった。
まさかの逆転、まさかの墓穴!何てことだろう!勝ったつもりになって、まさかの大敗!
思わぬ展開に眩暈を覚え、額に手を当てて座り込みかけたところを、無情にもイライアスに支えられる。彼はさっきから私が虎視眈々と逃げ出す機会を伺っているのを知っているので、容赦はなかった。