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ふざけんじゃないわよ、と師匠がそう言った事で場が騒然となる。当然だ。彼女だって結婚生活に憧れを抱いているだろうが、結婚する気が無いが故にこの歳まで未婚なのだ。今更顔も知らない他国の皇子の妻になれなど、師匠様が了承するはずもなかった。
帝国側からの要求をタダで突っぱねる事が出来るのかは甚だ疑問だが、こちらが素直に従う義理も無い。何せ、このリアディ村はどこの国にも属さない村だからだ。
「お師匠様ー。じゃあつまり、これってどうなるんですか?」
「あんたが気にする事無いわ。あんたに持って来た結婚話ならあたしが聞いてやらない事も無いけど、生憎とあたしは結婚する気なんて無いわ」
「ちょ・・・!私だったらあっさり売り渡してたって事かッ!!」
「当然でしょうが。玉の輿じゃない、玉の輿!」
何て奴だ。平気で弟子を売ろうとする師匠なんて。
帝国の遣い二人組はその様を見て苦笑している。思えば彼等も災難な仕事を押し付けられたものだ。まさか、第一皇子との婚約話を持って来てここまであっさり断られるとは露にも思わなかっただろう。
――が、この何とも言えない凍りきった空気をブチ壊すかのごとく。
不意に奥の部屋の扉が開け放たれた。
「あら、イライアス」
出て来たのはカメリア魔女の従者たる獣人、イライアス。半人半獣、と形容したいところだが外見は人間と大差無い。かなり体格の良い彼は魔女村で群を抜く程に浮いていると言っていいだろう。
そんな彼は感情の起伏が感じられない、無表情で場の状況を見た。そして首を傾げた。
「何やってんですか、これ」
「あー、それがね・・・」
師匠に代わり、事情を話す。イライアスは呑み込みが早い方の獣人だが、それでも脳筋タイプの存在なので出来るだけ噛み砕いて説明。
「えぇっとね、この人達、東の東瑛帝国から来たんだけど・・・魔女の妻が欲しい、って事でお師匠様に掛け合ってるところ」
「あ?」
魔女の妻、辺りで凄い形相に変わっていたイライアスだったが、最後の言葉まで聞いて不機嫌そうに声を上げた。
忠誠を誓う魔女様に対する扱いだとか、婚約話だとかに腹を立てているのは明白である。
しかし、東国二人組は彼の感情の変化を読み取れなかったらしい。かく言う私自身も、当初は彼の考えている事がまったく分からず、何度も命の危機に瀕した程だ。彼の「加減した」という発言ほど信じられないものはない。
まぁ、お師匠様いるからこの場は大丈夫か。
にこにこと笑みを絶やさない従者達を見てそう思い直す。
「あのぉ、つかぬ事をお訊きしますが・・・そちらの方が、ドルチェ様で?」
――あれ?可笑しいな・・・何だろう、流れが変わった気がする・・・。
一同の、私を見る視線が変わった。
「いいや。あたしじゃないわね。ドルチェは、私の弟子の、その子よ」