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小さいとも言えないし大きいとも言えない、それなりの大きさを持つこの家だったが、私と師匠、そして体格が良いイライアスに加えて細身であるとはいえ人間が二人も増えれば少々狭かった。人混みを嫌ってか、獣人の従者は現在いないのだが。
二人組の東国人――片方は男。青年、と言った方がいいだろう。柔和な顔立ちで目を細め、にこにことこちらを見ている。
もう一人は女性。愛嬌のある顔立ちで同じくにこにこと悪のない笑みを浮かべている。どちらも20代前半か、或いはもっと若いかもしれない。ともあれ、私にとってみればその人達は赤の他人。顔すら見たことが無いどころか、村の人間ですらない。
「それでさ、あんた等、何しに来たわけ?魔女修行?結界通り抜けてんだから見込みはあると思うけど、男は無理よ。だってほら、魔“女”だし」
彼等の話をまるで聞く姿勢など無く言ってのけるカメリア師匠。面倒臭そうな顔を隠しもしない。それに気付いているだろうが、それでも笑みを浮かべる彼等は尊敬に値すると思った。
紹介が遅れたが、リアディ村の周囲には視認出来ない結界が張ってある。来る者を拒むのではなく、来る者に気付かせない、感覚に働きかける類の術なので実際問題、彼等が何事も無かったかのようにここにいるのが不思議で堪らなかった。
「――魔女。数十年前まではその姿が『架空』と見なされていた魔道士の最高位。こうしてこの目で貴方様に拝謁出来ること、至極光栄です。・・・申し遅れました、俺は東国の東瑛帝国から参りました、
「同じく、
青年の方が嘉保、女性の方が凛凛と言うらしい。
それを受け、カメリアの顔が一層不機嫌に歪む。これ以上彼女を刺激しないでもらいたいのだが。しわ寄せは全て私に向かって来るんだぞ。
心中で呟きつつ、ほとんど他人事のようにちぐはぐな光景を見つめる。
気配からして彼等が魔女村の制圧に乗り出した、などという不穏な用件ではないらしい。そうなると、私はもう完全に蚊帳の外だ。
「東瑛帝国・・・東の大国ね。皇帝主義の遣いが、あたしに何の用?」
「はっ・・・!」
深々と頭を下げた嘉保が――いや、ちょっと待て。
私は気付いてしまった。
彼の鳶色の瞳が、師匠様ではなく、私の方を見ている事に。つまり、つまりは、私に、何らかの要求を突き付けに来たのだということ。
「東瑛帝国第一皇子、
腕を組み、不機嫌に顔を歪めた師匠の視線をもこちらを見る。
「あんた・・・何やったのよ・・・」
――嘘ぉぉぉ!?いやいやいや、私、この村から最近は一歩たりとも出てないんだけどっ!!
心中で絶叫しながらも、平静を装って首を横に振る。その動作こそが平静とは程遠かったものの、それにツッコむ者は皆無だった。
というか、これでは連行である。
私が東の帝国に何か不貞でも働いたと言うのか。馬鹿な。
「えっ!?あぁ、違いますよ!我々は婚約の話を持って来たのです、魔女様!」
「どこのシンデレラストーリーだ!私は騙されないぞっ!というか言い方紛らわしッ!!」
色々問題のある発言だったが、とりあえずツッコミが追い付かないため一つだけ言わせてもらおう。誤解のある言い方をするんじゃない!首を刎ねられて晒し者にされる私の姿まで想像しちゃったじゃん!
顔には出さず憤慨する私を差し置き、カメリアが呆れたように肩を竦めるのが見えた。
「はぁ?意味が分からないわぁ・・・」
「皇子が、『魔女の妻が欲しい』と仰ったので」
「何だ、私への婚約話じゃないのかー。うんうん。じゃあ師匠、結婚生活ガンバッテ下さい」
私、ドルチェは見習い魔女である。魔女と名乗るはおこがましい限りだし、魔女と言えば師匠で間違い無い。彼女は相当高齢だが、それでいいのか第一皇子・・・。
しかし、私には慎ましく楽しい結婚生活を送るという人生目標があるので、顔も知らないどこぞの国の皇子と結婚などお断りである。生憎と金には困っていないし、魔女見習いなどやっていると物欲も薄れるものだ。
肩の力が抜け、気の抜けた笑い声が口から漏れる。
「ははは、私は、愛のある結婚生活が送りたいなー」