2-5
「――いや待て、ならどうして君は表へ出て来たんだ?」
うっかり流してしまいそうになったが、根本の問題に行き当たり尋ねる。ワルギリアは最高に顔をしかめていた。表情の変化が乏しい彼女にこんな顔をさせたのなんて、自分くらいではないだろうか。
深々と溜息を吐いた友人は肩を竦める。ああ、これは話をはぐらかされるな――
「私にもやんごとなき事情ってのがあるのさ。お前の為じゃないのは確かだよ」
「うんうん、君はそうじゃないと。誰かの為に何かをするなんて、君らしくないな。強いて言うのであれば野良猫が餌付けした人間に恩返しをしようと考えるくらいにはらしくない」
「妙な例え話は止めてくれるかな。私が野良猫?飼い猫だとは思わないが、猫なんてあり得ない」
「噛み付くな噛み付くな」
顔を盛大にしかめ、更に何か言いつのろうとした友人。しかし、その言葉を遮る形で横合いから話し掛けられた。店員が頼んだ料理を持って来たのかと思ったがその予想を大きく裏切られる形で、いたのは初老の男性だった。
思慮深そうな顔と物々しいローブ。ただしそれは深緑色をしており、ワルギリアのそれとは大きく様相が異なる。何せ、男のローブはマジックアイテムが至るところに輝いており、友人のローブとは比べ物にならない高級感を漂わせていたからだ。浮かべた笑みは老獪なもので、彼がやはり思慮深い老人である事を匂わせる。
「楽しそうな話をしているな。どれ、儂も混ぜてくれんか?」
「・・・誰だ?」
皇国の追っ手かもしれない。瞬時にそう悟り、机で隠れた位置に置いてある愛剣の柄に手を掛けた。追っ手が堂々と話し掛けて来るなんて舐め腐っているとしか思えないが、実際はアーロンもそういうタイプだった。他にノコノコ目の前に現れる系の刺客がいてもおかしくない。
しかし、目を眇め深い溜息を吐いたワルギリアは警戒こそあれど武器を向けるような空気でもなかった。代わり、酷く違和感を覚える口調で老人に挨拶のような言葉を吐き出す。
「お久しぶりです、デズモンド老。それで、我々に何かご用でしょうか?」
「ううむ、久しいと思っての挨拶かを疑いたくなるな、お前の言葉は。まあいい、相席はいいかね?」
「見ての通り、取り込んでおります」
「こんな場所でか?もっと良い店へ行けばいいものを」
言いながらデズモンドと呼ばれた男は平気でアリシアの隣に腰掛けた。いやいや、知らない人間が隣に座ると落ち着かないので考え直して欲しい。
一気に無表情に戻ったワルギリアは地を這うような鋭い双眸で男を睨み付けている。丁寧な口調とは裏腹に、心底嫌がっている様子がアリシアの不安を煽った。追い返してしまった方が良いのだろうか、と。
「ワルギリア。彼は・・・?」
「七賢者の一人、デズモンド卿だ」
老人は人好きがするような笑みを浮かべて緩く片手を挙げた。
「もう帰って来ないかと思っていたぞ、ファントム」
その単語に一つの既視感を覚えたのだが、やはり今回もそれについて訊く事は叶わないようだった。