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それまで別段の変化も無く飄々と振る舞っていたワルギリアの態度が一変したのは近場の飲食店に入ったその直後だった。一瞬だけ不自然に動きを止めた彼女は辺りを用心深く見回し、そうしてやっとやって来た店員の指示に従い、やはり警戒心を解かないまま席に着く。まるで盗人のようだ。
「落ち着きが無いが、どうかしたのか?」
「・・・いや・・・あ」
「おい!ああもう、ほら、布巾を――」
堪らず尋ねてみるが友人にしては下手クソな嘘で流されてしまった。動揺しているらしい彼女の手がコップに当たり、中に入っていた水がテーブルにブチ撒けられる。
まさか、例の師でも発見したのだろうか。口にはしないが実は師に会いたかっただとか、そんな理由があるのかもしれない。だとしたら軽率に観光へ誘ったのは失敗だったのだろうか。否、ワルギリアならば嫌なら嫌だと申し出を断ったはずだ。
「なぁ、君には師がいるんだろう?会いたくはないのか?」
「誰に聞いたんだよ・・・ああ、トラウトだな。絶対にそうだ」
舌打ちした彼女は声を潜めると、まるで密会でもしているかのように周囲には聞こえない声で続きを話し始めた。
「アイツ、肝心な情報は渡してなかったんだな。・・・いいか、私の師はもうすでに死んでる。この世にはいないんだよ、アリシア」
「えっ!?あ、ああ・・・すまない・・・デリカシーの無い事を聞いた」
「いや。特に思うところはないさ」
「・・・では、君は何をそんなに警戒しているんだ?」
もう一度周囲を見回した彼女は陰鬱そうな溜息を吐いた。心底面倒臭い、或いは面倒事があるのだと言わんばかりに。
「知り合いが多いのは事実さ。師匠は魔道国で割と有名な人間だったからな。嫌な絡まれ方をするのは・・・ごめんだ」
「その、知人とやらに挨拶はしなくていいのか?一緒にいってあげるぞ?」
「お前は私の保護者か。いいんだよ、行かなくて。武者修行、つってヴァレンディアを出たってのに何の成果も無いまま帰って来たんじゃとんだ笑い種だ」
「武者修行。君にそういった類の向上心があったとは驚きだな」
「本音と建前って言葉、知ってる?ようはここから出る大義名分が必要だったんだよ、師が偉大過ぎるのも面倒なものさ」
師が偉大であるのならばその師の顔に泥を塗らない為にも挨拶回りくらいやった方が良いのではないだろうか。思ったが当然口にはしなかった。虚弱体質のワルギリアにメンタル面で追い打ちを掛けるのは避けたい。