第4話

06.


 ***

 宿を取った。部屋は3つ。微妙な数になってしまったが、1人部屋が2つと大部屋が1つだ。つまり、自分とあと1人は一人部屋を使うことになるだろう。
 着いて来たリディアに部屋割りを任せ、ラジオ整備の為部屋の一つへ早々に引き籠もったクライドは最後のネジを締めるとぐぐっと背伸びをした。細かい作業をしていると首が痛くなってくる。歳は取りたくないものだ。

「なぁ、トラウトさんよぉ。もうラジオって生産されてねぇんだよな、このラジオも型が古くなっちまって部品が見つかりにくいぜ」
「それで何が言いたいんだよギャハハハハ!!」
「いや笑い事じゃねぇんだって。あんた、人間?だった時の身体はどこ行ったんだよ。この調子だと来年には部品も何も無くなっちまって、あとは錆びてスクラップになるだけだぜ」

 ふむ、と珍しくエーデルトラウトは何かを思案するように黙り込んだ。と言っても彼の『悩む為の脳』はここにはないのだが。
 待つ事数十秒。やがてラジオは不気味なくらい真面目にこう言った。

「いやな、俺も今俺の身体がどこにあるのか分からねぇんだよな、うん。最初はどこにあるのか薄ボンヤリ分かってたんだが、その感覚も薄れて来てるし……」
「しっかりしろよ、あんたの身体だろ」

 それに、とラジオは呻るように声を潜めた。忌々しい、と舌打ちさえ漏らしそうな声音。

「絶えず移動し続けてるんだよ。おかしいよなぁ?その身体に命令を出して動かすのは俺のはずなのに、勝手にどこか行ってやがんだよ、つまりは」

 絶句するクライドを余所に、ラジオは呑気に言葉を続ける。一瞬だけ漏れた激情のようなものは消え失せている。そこに焦りは無いし、かといって悔恨のような薄暗い感情も無く、ただただ事実としてそう言葉にしているだけのような無機質感があった。

「どうしてんのかねぇ、今」
「捜そうとは、思わねぇのか?不便だろそれじゃ。自分で動く事も出来ないわけだし」
「もう慣れた。ま、ああ見えてワルギリアの奴は身内に甘いところがある。俺がただの鉄塊になるまでは面倒を見てくれるだろうよ、おっさんは嬉しいぜ」
「あん?家族なのか?」
「まさか!言葉のアヤってやつだろ!何言ってンだよギャハハハハ!!」

 心配しないでいいような、それでいて早く身体を捜してあげた方が良いような。エーデルトラウトの飄々とした性格は手に余る、扱いに困る。

「――にしても、ワルギリアの奴はどーしてっかね。あの小娘、今回ばかりはあまり野放しにしねぇ方が良いんじゃねぇかなぁ……」

 再びエーデルトラウトがそう言うので思考を打ち切る。
 ――小娘。アリシアは本人から本人の情報を聞く事、それを望んでいるようだがそれは大きな間違いだ。どんな意図こそあれど、ワルギリアを知る為には他人から話を聞いた方が早い。きっと、彼女は鏡にしか写らない幽霊のような存在なのだ。
 ワルギリアと名付けられた彼女を知るには、他人という鏡を覗き見る他に方法は無い。
 ともあれ、その小娘という言葉は些かの違和感を覚えた。まるでそう、トラウト本人はワルギリアの事を若輩扱いしているように聞こえるからだ。事実そうなのかもしれない。だとすると、彼等の関係性は本当に保護者と子供のようなそれだったのだろうか。

「あんたが誰かの心配をするなんざ、珍しいな」
「いや、船の上で言ったろ?ワルギリアはヴァレンディアが嫌いなんだよ。ま、俺も例に漏れずってところだが」
「ふぅん」
「その師匠って奴が死んでから寄りつかなくなったんだと」
「死んでんのか。哀愁って言葉、あいつ知ってたんだな……」

 哀愁ねぇ、とラジオはその言葉を一笑に付した。それはない、と言わんばかりである。ただし彼の不明瞭な物言いからして詳しくは事情を知らないようだ。

「奴に愛国心だとか、師弟愛だとかがあるとは到底思えねぇな!面白い冗談じゃねぇか!ギャハハハハ!!まあ――俺もよくは知らねぇが、外へ行きたくなさそうだってのは嘘じゃないぜ?」
「ハァ?あんたの勘違いじゃねぇの?嫌なら嫌だって言うだろ!しかも、外に連れ出したのはアリシアだぜ。嫌だったら断ってるって」
「だよなぁ。うーん、そこそこの付き合いがある俺でもその辺りはよく分からんな。これがジェネレーションギャップってぇやつか!」
「その自虐ネタは俺にも深刻な心の傷を残すから止めてくれないかな……」

 ちなみに、とクライドは話を変えた。これ以上、ワルギリアの話を聞いていてもつまらなさそうだったし、何より他に気に掛かる事があったのだ。

「あんた、結構人の事見てるよな。いや、どーやって見てんのかは知らねぇけど。他の面子はどーなんだよ」
「どう、って何がだよ!ヒッヒッヒ、面白い事聞くじゃねぇか!」
「あんたの観察眼を以てして、今のアリシアは何企んでんのか聞かせてみろって」

 そうさなぁ、と昔話をする老人のように。少しばかりの真剣な声に気圧されつつもクライドは続く言葉に耳を傾けた。年の功、とでも言うのだろうか。彼の発言は当たりはしないかもしれないが思考するのに足る情報だと思っている。
 この終わりの見えない旅を、或いは自分の目的を整理する為の。他力本願と言われようが知ったこっちゃない。

「まずリディアだが、空元気が目立つ」
「あ?普通に元気だと思ってたんだが、あの娘も思うところとかあったのか?」
「お前モテないだろ?」

 一頻り嗤ったエーデルトラウトは声を潜めて言った。

「クティノス族ってのは見掛けより歳食ってる。あの鳥は一物抱えてそうだからな。お前も注意した方がいいぜ!」
「お、おう……」
「俺様のこの上無い的確なアドバイス、後々絶対役立つだろ!ギャハハハハ!」

 一体何が面白いと言うのか。先程は役に立つ情報かも、だなんて思っていたのが馬鹿馬鹿しく感じてくる。