第4話

04.


 ***

 人とエルフが行き交う国、ヴァレンディア魔道国。耳がやや尖っている美人はみなエルフと見て間違い無いだろう。彼等彼女は魔法使いの最高峰。魔道国と名高いこの場所に留まるのは必然と言える。

「さて、リディアは飛行していいぞ」

 そう口火を切ったのはワルギリアだ。彼女は船から降り、港へ降り立ったその瞬間にそう宣ったのだ。

「わぁ、ホントですか!?やったぁ!」

 掲げたリディアの両腕が羽毛に包まれた、と思った直後には鳥類じみた翼がバタバタとはためいた。やはり歩くのは苦手だったらしく、スイスイと目の前を行ったり来たりしている。子供のような喜びようにこちらまで微笑ましい気分にさせられた。
 さて、定番の観光タイムがやって来た。

「取り敢えず二手に分かれるなら、私とリディアは別々だな。魔法使いがいないとこの国ではちょっとサービスが雑になるからな」
「では行こうか、ワルギリア。いつも通り私と観光ツアーに行こう」
「あ!じゃあ私はクライドさん達と宿探したりしますね!」

 こうしてやはりいつも通りに割れたメンバーは各々の目的地へ向かって歩を進めるのだった。

「どこへ行こうか。どのくらい外に出ていて大丈夫なんだ?」
「今日はまだ疲れてない。ま、何時間単位で好きに歩けるだろうよ」
「そうか。あの何とかって欠片のおかげかな?それとも、船旅だったから?」
「どっちも、じゃない?」

 それもそうか、頷いたアリシアは意気揚々と店を覗き込む。制限時間のない観光、それもワルギリアを伴ってなんて、前からずっと夢見ていたシチュエーションだ。彼女の体力が許す限りは色々な所を巡ろう。
 覗き込んだワルギリアの顔色は相変わらず良いとは言えなかったが、彼女は無理するタイプじゃないので本当に具合が悪くなれば何かしら告げるだろう。

「そういえば、リディアの奴、船を降りる頃には元気だったな。船酔いは治ったのか?」
「ああ。そうらしい。どうもクライドが持って行った酔い止めがよく効いたようだが・・・。船酔いすると分かっていれば先に飲ませたのにな。酔い止め」
「乗り物酔いが辛いのは分かるが、まさかこの先移動の度にああなるんじゃないだろうな」

 うんざりした顔の友人はしかし、船酔いで苦しむリディアを放置した挙げ句逃げるように別室で待機していたのは絶対に忘れない。病人の面倒は見たく無い、との事だが薄情が過ぎるでのはないだろうか。
 日差しがキツイ、唐突にそう告げた友人はフードを目深に被り直した。周囲をえらく警戒しているように見えるのはエーデルトラウトによる先入観のせいか。

「お、どうだい、リンゴ一個オマケするよ!」
「どうも」
「イチゴも今が旬だね!半額にしよう!」

 ――本来、買ったのは日持ちのするドライフルーツの類だったと思う。しかし、あれよあれよという間にワルギリアの両手には溢れんばかりの果物が乗せられていた。当然、店の主人とは知り合いでもない。
 そして連れであるアリシアには一言も声を掛けないのだから扱いの格差が顕著に表れて一種の不快感すら覚える。何なんだ一体。
 底知れない恐怖のようなものを覚えてワルギリアを引き摺り店を離れる。これももう3度目だ。行く店行く店で過剰なサービスを受けては恐れをなして逃げる、それの繰り返し。恐らく3度程度では終わらないのだろう。そんな確信めいた何かすら覚え、知らず溜息が漏れた。

「何なんだ、いったい……」
「魔道国だからな。私はどう見たって魔法使いだし、ここじゃ普通の事さ。慣れが肝心だな」
「私は普通の客扱いなんだが。というか、若干冷たい気もする」

 言っただろ、とワルギリアは意地悪く嗤う。それは自嘲めいた感情も伴っていて、やはりアリシアの脳裏にはエーデルトラウトの貴重な情報が過ぎるのだった。

「ここは魔道国。魔法使いによる、魔法使いの為の魔法使いの国。それ以外は魔法使いに媚びへつらって生きるしかないのさ。出て行けばいいのにね?」
「そう、か。つまり私もここで生きるのなら、あの商人達のように振る舞わねばならないのか」
「嫌なら出て行けばいい。こんな国、長続きはしないさ。現に私も愛着は無い」

 暴論だ、と思う。出て行きたくとも行けない人間だってたくさんいる。安全な旅をしたいのならば相応の金が必要だし、自身の足で歩くのならば魔物に襲われても平気な強さが必要だ。
 そしてそれが、暗い顔をしている魔法使い以外の人間に当て嵌まるとは思えない。悲壮感漂う力を持たない人々、それらはこの国で消費物のように扱われて生きて行くのしかないのだろうか。
 ――厳正なるカースト制度。魔法使いの為の。
 彼等彼女等が虐げられてきた時代を思えばそれはそれで仕方が無いのかもしれないが、割り切れないものは依然として残ったままだ。

「どうして、こんな……」
「始まりは原初の魔法使い、ヘクターだ」
「む、聞いた事がある、というかヴァレンディア魔道国を成立させた人物だな」

 そうだ、とワルギリアは深く頷いた。その視線はどこか遠くを見据えている。

「そのヘクターより前にも魔法使いはいたんだろうけれど、魔法使いという職種を確立したのもヘクターだ。よって、ヘクターが最初の魔法使いであり、同時に一番の迫害を被ってきた世代でもある」
「そうだな。もう、100年以上も前の『歴史』と呼ばれる時代の話ではあるが」

 100年前の事なんて歴史書を読む以外で知る術は無い。けれど、どんな歴史書でも大抵は魔法使い迫害の歴史を扱う。それ程までにいつかの時代では魔法使い――否、元素を操る不気味な人間は疎外されていたのだ。具体的に言えば、魔物扱いされていたとかそんな様相だ。見つかり次第、人ならざる者として処分、討伐されてしまう。

「話を戻そう。そんなヘクターが魔法使いという職を創り出した上で魔道国を創りだしたのがそもそもの発端だ。奴は魔法使いを認めさせたところでその活動を止めるべきだったな。国なんて創り出したら碌な事にならない」
「友達みたいな言い方をするんだな?」
「堅苦しく歴史を語ったって仕方無いだろ。で、そんなヘクターが創った国だからここの魔法使い達は奴を今でも崇拝してる。馬鹿げた話さ、もう死んでる人間なのに」

 顰めて呟かれた声は当然小さかった。当たり前だ。崇拝者の前で崇拝対象を詰るなんて、殺してくださいと言っているようなものである。
 張り詰めた空気を肺から絞り出したワルギリアは冗談っぽく肩を竦めた。

「そんなわけで、私はこの国が嫌いだ。死んでる人間を崇め奉るなんて、気味が悪くてとてもじゃないが正気でいられる自信が無いね」
「そうか。確かに不気味ではあるが……それは、私が帝国の価値観を以て生きているからじゃないのか?もし、私がこの国で生まれ育っていたのならばまた話は違うんじゃないだろうか」
「お前はその頭で考えて帝国を出たんだろ?あの国の違和感より、魔道国の違和感の方がずっと強い。お前なら価値観に溺れる事なんて無いさ」

 一瞬を置いて珍しく誉められている事に気付いて温かい気持ちになった。なお、にやけていたからかひどく訝しげな顔を向けられてしまった。

「あーっと、そうだ。何か食べよう!そうしよう!」
「何を慌てているんだ。まあいい、じゃあ適当な店に入るか」