第4話

02.


 そういえば、と何か思い出したように友人は空を見上げた。あまりピンときていない話をする時の仕草だ。

「リディアとクライドは近すぎるらしいな?」
「はあ?何が近いって?」
「私が知るか。トラウトがあれは良くないって滅茶苦茶言ってくるけれど、いまいち何の話をしてるのかよく分からないな。お前なら分かるかと思ったんだけど」
「……いや。私にもトラウトが何の話をしたいのか分からないよ。確かに仲が良すぎる気がしないでもないが――仲が良い事は良いことだろう?」

 そうか、と存外素直に彼女は頷いた。ワルギリアは基本的に興味が無い事にはとことん興味が無いのでエーデルトラウトが言わなければ気づきもしなかった案件だろう。彼女の無頓着さは時にとんでもないあれやこれの引き金を引く事もあるのだが。
 もうワルギリアは話題に興味を失ったのか、ぐぐぐっと背伸びして大あくびしている。

「中に戻るか。日差しがキツイ」
「リディアをあまり刺激するなよ。本当に船酔いが酷いようだ」
「あー、そうだったっけ」

 華麗なターンを決めて踵を返したはずのワルギリアはしかし、はたと足を止めた。どうした、と視線の先をたどれば丁度話題の人物であるクライドが甲板に姿を現したところである。

「よぉ。あんた等も休憩か?」

 気安い感じで片手を挙げた彼の反対側の手には何やら温かい飲み物を持っているようだった。白いマグカップから細い湯気がゆらゆらと上がっている。
 最近では随分とパーティに馴染んできた狙撃手。出会った時の刺々しさが思い出せないような笑みを浮かべて当然のようにこちらへ歩いて来た。悪い事では無いのだが、彼との出会いを思い出す度に何かこう、言い知れない気分を抱くのは許して欲しい。

「いやぁ、リディアに酔い止めを渡すついでに自分のコーヒーも貰ってきたぜ。しかし、あんま美味しくねぇな。俺が淹れた方が美味いかも・・・」
「それは良かったな。カフェインは多量に摂取すると身体に良くないから気を付けた方がいいぞ、クライド」
「お、おう。アリシア、お前詳しいんだな」
「コーヒーの飲み過ぎで倒れた事がある」

 哀れみの目を向けられた。失礼にも程がある。

「つか、何であんた等は船室から出て来たんだ?言っちゃ悪いが、景色眺めるのが好きってわけじゃないんだろ?」
「リディアの奴が船酔いらしくてね。もどされても嫌だからちょっと太陽の下に出て来たってわけだ」
「私の方は偶然だな。出た先にワルギリアがいた」

 へぇ、と興味の無さそうな相槌を打った狙撃手が友人の顔をまじまじと見やる。途端、ワルギリアは不機嫌そうな顔をした。甲板には自分達以外、人影が無かったのでフードは未着用だ。

「おい、クライド――」
「ワルギリア。あんた、ちょっと顔色悪くないか?戻って休んどけよ。あと1時間は着かないぜ?」
「は?」

 ワルギリアの双眸が鋭く細められた。威嚇する小動物のようだが、見ているアリシアは気が気ではなく、はらはらと両者を交互に見る。元凶のクライドは小さく首を傾げた。何故、警戒されているのか理解していないらしい。かく言う自分も彼女が険しい顔をしている理由を完全には把握していないのだが。
 ややあって刺々しい息を肺から吐き出したワルギリアはゆるく頭を振る。

「――そうだな。ちょっと疲れているんだ、部屋に戻るわ」
「おう。頭痛か?痛み止め持ってるぜ」
「要らない」

 吐き捨てるように言うと、ワルギリアは本当に船室へと引っ込んで行ってしまった。確かに、お世辞にもいい顔色とは言えないがあのくらいの青白い顔なら割と日常的に拝んでいる気がする。もしかしたら貧血の気でもあるのかもしれない。