第4話

01.


 乗船して1時間くらい経っただろうか。照り付ける太陽は眩しいし、潮風は少しばかり気になる匂いではあるものの、概ね快適に航海中だ――リディアを除き。

「船酔い」

 馬鹿じゃないの、そういうニュアンスを多分に含んだワルギリアの声。甲板でぼんやりと行く先を見つめていた彼女は今や目を細め、憐れなリディアに対して一切の同情を払わず冷淡な感想を寄越したのみである。
 そんな船酔いした仲間の為に水とグラスを置いてきた帰りのアリシアは友人をそれとなく諫めた。

「きっと、本当なら空を飛んで移動しているんだ。海の上に浮かぶ板きれに乗ったのは初めてなんだろう。そう目くじらを立ててやるな」
「いや。正直あまり興味が無いな。ただ、共同の部屋だから食べた物を戻してくれるな、ってだけの話さ」
「リディアの前では言うなよ。落ち込んだら面倒だし、普通に可哀相だろう?」
「お前こそそんな悲しい事言うなよ。面倒って」

 そう言えばここにはワルギリア以外いないのだろうか。クライドはともかく、エーデルトラウトの姿も見えない。

「ラジオに潮風は毒だってクライドの奴に取り上げられた。あいつ、文句言う割には甲斐甲斐しく面倒見るよな、トラウトの」
「ラジオとはいえ、今のパーティに男性はクライドとトラウトの2人だけだからな。積もる話でもあるんじゃないのか?」
「へぇ。私は男女比なんて気にしたこと無いけど」

 何か感傷にでも浸っているのかどこか遠くを見るような目をするワルギリア。それとなく何を考えているのか聞いてみる。

「何だ、ワルギリア。思い当たる事でもあるのかい?」
「ああいや、そういえば昔旅をしていた時は……基本は2人旅だったか。いや、私は一人で旅をしているつもりだったんだけれど、場合によっては……。まあいいか。今の状況とは掛け離れ過ぎてるだろ」
「そうか。ちなみに私の所は女騎士団だったからな!割合的には男性の方が多かったが、私の部隊は女性しかいなかったぞ」

 へぇ、と興味の無い相槌が返ってきた。いや、返事があるという事は聞いていたということなのでまったくの無関心ではないのだろうが。

「さて。こっちも仕込みくらいはしておかないと」
「うん?何かやる事があるのか?たまの休憩だ、のんびりしてもバチは当たらないだろう」
「いやいや。魔道国であらゆるサービスを受ける為には必須だな」

 帯剣していたそれをはずし、甲板にそっと並べる。続いて小さな袋の中からこれまた小さな紙片を取り出した。紙片には何やら模様のようなそうでもないような書込が円状になされている。

「術式……」
「ああ。魔道国は圧倒的に魔法使いに優しい国だが、それ以外には厳しいのも事実。まあ、建国の歴史に深すぎる闇を抱えてる感じの国だから仕方無いっちゃ仕方無いが」

 コツン、と指先で弾いた術式が姿を変え、簡素な杖が表れる。ステンレス製をベースとし、先端には青い宝石が輝いている典型的な杖だ。

「ようは余所者だろうとカースト制度の頂点に君臨する魔法使いであれば相応の待遇を得られる、ってわけさ」
「成る程。ちなみに、リディアは魔法使いとしてカウントされるか?」
「うん。亜種っぽい獣の魔法使いは外見で判断出来ないから微妙だけど、リディアはどう見たって鳥だからな。こっちが変装とかしなくても勝手に魔法使い扱いはされるだろ」
「という事は、今回は君から離れない方が良いかな?」

 冗談めかしてそう尋ねる。何せ、魔道国へ行くのはこれが初めてだ。皇国もその得体の知れ無さから魔道国を遠巻きにしている節があり、そもそもあまり信頼をされていない女騎士団がヴァレンディアへ向かう事はまったく無かった。
 剣の代わりに杖をベルトに差し込んだワルギリアは続いて先程の術式を甲板に並べた剣へ翳した。一瞬だけ輝きを放った後、そこには剣は無く、ただ甲板が視界に広がる。杖を出し、剣をしまっただけらしい。

「そういえば君は本職ヒーラーだったな。しかし、どうしてまた剣職取ったんだ?普通は攻撃系の魔法を磨くのがセオリーだろう?」
「……それについてだけど、私は本当に治癒魔法以外の才能が無くてね。結界系も一応晴れるが、元素系魔法は全滅だ」
「呪われているのか?」
「さぁ?ま、剣技を磨いたのは前の旅の連れが護身用にと無理矢理教えたからだな。ありゃ向こうは親切心で教えてるから余計にタチが悪かった」

 苦い顔をするのとは裏腹に、彼女はやや懐かしそうな口調だったから多分、嫌ではなかったのだろう。お得意の憎まれ口だとすぐ気付いてしまってアリシアの方が失笑した。