12.
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膨大な水量を見ていると不安になってくる。例えば、この星が揺れて、ただでさえ並々と注がれたこの水が溢れたりしないのか、とか。黒々としたその水に底などあるのか、とか。考え出せばキリがない。
水の都、アトランティス皇国。かつてそう呼ばれた故郷での『水』と、港町であるこのリデル領での『水』は概念からして違うようだ。日光を受けて黒から輝く光を生み出す海を見つつ、相手方の言葉を待つ。そういえば、何だか既視感のあるような光景だ。自分のものでないにしても。
「――と、言うわけであたし、ちょっとヴァレンディアに行って来るわ。何年ぶりかしら、あの国へ行くの」
「……すいません。どうやら聞いていなかったようです。何故、魔道国へ?」
彼女は少しばかり話が性急過ぎる。確実に理由を述べていなかった気がするが、もう面倒なので指摘はしなかった。あら、と形の良い唇を吊り上げた彼女は嗤う。
「アーロンに呼ばれたのよ。理由なんて知らないわ。あーあ、海に出ると髪が傷んじゃうわぁ。一刻も早く、この港からも離れたいのよ?本当は」
「アーロンさんに呼ばれて、魔道国、ですか。陰謀の気配を感じます。お気を付けて」
「何でも【ファントム】の件で云々、って言っていたような気がするわね。長すぎてあまりきちんと聞いていなかったけれど」
長い髪を指に絡ませながら彼女はクスクスと笑った。笑い事ではない。確かに彼――アーロンの話はご託っぽい上に長いが、その中のほんの一部に『大事な話』を織り交ぜて話すのが奴の手腕だ。聞き逃せば痛い目を見る、そんな大事な話。
それに、タイミングも計ったかのようなタイミングだ。
「ここで魔道国だなんて、誘われているとしか思えませんね」
「どっちが?アーロンが?それとも、犯罪者一行様が?」
「後者です。誰の入れ知恵かは分かりませんが、この段階で魔道国へ逃亡、というのは……上手く乗せられている気がします。根拠はありませんが」
「早過ぎるわよねぇ。魔道国から出入り禁止食らったらどこへ逃げるつもりなのかしら。もう諦めちゃった?」
何も考えていない可能性もある。闇雲にただ遠くへ足を運んでいるだけとも考えられる。が、その可能性は極めて低いだろう。
「やんなっちゃうわぁ。次の船に乗ろうかしら。いつまでもここでこうしているわけにもいかないし」
呟いた彼女がふらり、と部屋の外へ消える。それを見送り、溜息を吐いてから再び港へと視線を移した。丁度、例の御一行様が船へ乗り込む所が見えた。