第3話

10.


「夕方までには帰れそうだな」

 唐突にこちらへ寄って来たワルギリアに視線を移す。ポケットに手を突っ込んだ彼女はすでに得物をどこかへ仕舞い込んでいた。

「そうだな。えーっと、ワルギリア?何か用事か?あまり近付かない方がいいぞ」

 アリシアの忠告虚しく、彼女はドラゴンの傍らに屈み込んだ。
 珍しいから鱗の一枚でも剥いで帰るつもりなのだろうか。そう思ったが彼女は何かを待っているようだった。
 しかしいつまでもそうしているわけにはいかないので、帰ろうと言い掛けたが、口を噤んだ。
 ぐぐっ、とドラゴンの体躯が縮んだのだ。見上げる程の大きな体躯が、足下にいても気付かない程小さなそれへ。

「と、蜥蜴……!?」
「そうだよ。まぁ、蛇とかそんなんの可能性もあったけど」

 何だ何だ、とクライド達までやって来た。
 ドラゴンの正体を見たリディアが目を白黒させる。

「え?ドラゴンって……?まぁ、空飛ぶ蜥蜴なんでしょうけど」

 アホか、と蜥蜴に手を伸ばしたワルギリアが溜息を吐く。

「ドラゴン種がこんなに馬鹿で小さな生き物なわけないだろ。奴等は人の言葉を喋るよ。こいつはただ巨大化してただけだ――これのせいで」

 人差し指と親指で摘むようにして持っているそれは綺麗な深い青色の結晶だった。光の当たり具合によって薄い色になったり、濃い色になったりと非常に美しい。宝石の類に興味の無いアリシアでさえ、それが稀少な物であると分かる程だ。

「へぇ。高値で売れそうだ。一時は飯に困らなさそうだな!」
「悪いなクライド。これは私に譲ってくれ」
「はぁ?いやでも、金に困ってんだろ?いや、あんたが見つけたんだから持っておきたいってんなら止めはしねぇが……」

 ――あんたは宝石なんざ持ち歩かないだろ、とそう言いたげなクライドの目。その件については自分もそう思うので失礼にならない程度に口を挟む。今回はワルギリアがいなければ誰も特攻せず、勝てる相手にも勝てないという事態を招きかねなかったので強くは言いたくないが。

「売る売らないはともかくとして、君は宝石なんか集めて満足するようなタチだったか?」
「まさか。これは宝石じゃないさ。《アルカナ》の欠片だ。《アルカナ》ってのは……まあ恐らくは球体で、魔力を補う力を持ってる。欠片とはいえ、コイツにもその力はあるはずだ。で、体力の無い私にこれを譲ってくれって話なんだよ」
「それはいいが、一つ確認していいか?あの、ファーニヴァル領で出現した巨大なツノウサギ。あの時もそれのせいだったのか?」
「そうだな。あの皇国の追っ手が持っていったのは間違い無く欠片だった」

 言いながらワルギリアは欠片を布でくるみ、ポケットの中へ仕舞い込む。余程誰にも渡したくなかったようだ。どういう原理でそれが体力補強に繋がるのか見当も付かないが、そうならあの領でも欠片を回収してあげればよかった。

「あー、何か盛り上がってるところ悪ぃが、そろそろ帰ろうぜ。ギルドに報告して報酬貰わねぇと。リディアの奴も今日の晩飯の事しか気にしてないし」
「これだけお金あれば美味しい物を食べられそうです!感謝!」
「キャラブレ激しいな、お前」

 ***

 ギルドに依頼終了の報告をする。物的証拠が無いので難癖付けられるかと思ったがそんな事は無く簡単に手続きは済んだ。

「じゃあはい、これが君達の分け前だ。一時は食事代くらい自分で払ってくれ」
「わーいわーい!ありがとうございます!餓死するかと思っちゃいましたよぅ!」

 反応が薄い他面子に比べ、リディアのはしゃぎ様は微笑ましい。
 しかし、そんな彼女の笑みはすぐに引っ込んだ。

「えと、本当に今日はありがとうございました。最後に一つだけ良いですか?あの、ワルギリアさんってやっぱりうちの相棒に似てるっていうか、もしかして親戚とか……?」

 いやいや、とアリシアは咄嗟に否定の言葉を吐き出す。親戚も何も種族間を越えすぎである。いや、確かに種族を越えた愛とか今時珍しい事じゃないが、それにしたって友人がクティノス族の獣にそっくりかと言われれば答えは否だ。
 しかしその見れば分かる問いに対し、やはりワルギリアは常の如くこう答えた。

「さぁ、どうかな。お前がそう思うのならそうなんじゃないの?」
「こらワルギリア!適当な事を言うな、適当な事を!」
「可能性なんて無限大だぞアリシア。もしかしたら生き別れのキョウダイとか、親戚の親戚の親戚くらいかもしれないだろ。一概には否定出来ない、私はそう言ってるんだ」
「自分の事を他人事のように語るなと言っているんだ、私は」

 なぁ、とクライドが不意に口を開いた。そういえば奴はここまでの道すがらひどく静かだった気がする。疲れているのかと思ったが、よくよく考えてみれば彼はほとんど仕事してな――

「闘ってただろ俺も!その蔑むような目を止めろ!ホンットあんたらクズみたいな連中だぜ……。なぁおい、リディアもパーティに加えようぜ。魔法使いいねぇし、丁度良いんじゃねぇか?」
「えっ、良いんですか!?」
「いやいや、待て待て待て!何を流れるようにそっちの方面へ話を持って行こうとしているんだ!!」

 ――言い出しかねない、とは思っていた。それが憐憫であれ哀愁であれ、『クティノスの鳥』は少なからずクライドの琴線に触れる言葉だからだ。
 しかし、それとこれとは話が別。確かに目的の定まっていない旅ではあるが、根本的な問題は何一つ解消されていない。クライドにとってリディアがそうであるように、皇国兵であった自分にとっても彼女はそういう存在だ。

「私は元とは言え皇国の騎士だぞ?そんなのと一緒に旅をする彼女の身にもなったらどうだ、クライド」
「あー、そういやそうだったような……。あー、そっか、そうだったな」
「ほら見ろ。お前の軽率な発言が私の身バレを招いたぞ。反省しろ!」
「悪かったって。いやだってあんた、全然皇国っぽくねぇんだもん。そりゃ忘れるわ。日常に然したる支障があるわけじゃねぇし」

 言い訳がましい事を言い出したクライドに更に言葉を投げつけようとしたが、リディアの思わぬ爆弾発言により口を噤む。

「え、知ってましたよ、私。アリシアさんが皇国出身だって事は。だってほら、剣の意匠が……お世話になってる手前、気付かないふりした方がいいのかなって……」
「話はまとまったのか?」
「どこをどう見たらまとまっているように見えるんだ!?」

 ワルギリアの気怠げな声、再び輝きだしたクライドとリディアの双眸。頼むからこれ以上、面倒事を増やさないでくれないか。