第3話

04.


 ***

 ――少しばかり日が傾いてきた。
 あと数時間もすれば綺麗な夕焼けが見られるかもしれない。

「はい、終わったよおねえさん。随分と刃がこぼれていたけれど、もっと丁寧に扱ってやんないと。ただでさえ皇国産の剣はデリケートなんだから」

 男の陽気な声で我に返る。
 アリシアは礼と代金を男に渡すと再びショーケースに並ぶ――所謂、お高い武器の数々に目を落とした。当然こんな物を買う金など無いのだが、芸術品めいた刀剣の光沢は見ているだけで心が躍るものだ。

「――ん?」

 ショーケースの向こう側。店の外に見知った姿を見つけ、動きを止める。
 その先には小さな袋を手に提げ、ラジオに目を落とす男の姿があった。
 それがクライドだと理解した瞬間、アリシアは整備の終わった愛剣を持って武器屋を後にした。丁度良い時間だし合流しようと考えたのだ。

「おい、クライド。お前買い物は終わったのか?」

 気怠そうにのろのろとこちらを向いた彼は別れた時と同様、軽く片手を挙げた。そんな彼のもう片方の手には小さな紙袋が収まっている。買いたかった物は買えたらしい。

「おう、あんたはどうなんだよ」
「私は剣の手入れをしたかっただけだからな。まあ、観光は……暇があればしてみるさ」
「そうかい。で、これからどうするんだ?」
「もうやる事が無ければ宿へ戻ろうと思う。ワルギリアをずっと一人にしておくと何をしでかすか分からないからな」

 違い無い、とラジオが下品な笑い声を上げる。
 クライドもまたその提案に従うつもりのようで隣に並んだ。買い物を終えたからか、少しばかりご満悦そうにも見える。

「で、明日はどーなってんだ?何の打ち合わせもしてねぇし、依頼つっても何するかって話だよなぁ」
「手っ取り早く報酬が一番良いものを選ぶつもりだ。どうせ魔物の討伐依頼だとかそんなものだろう。我々にとっては適当な依頼だと言える」
「良く言うぜ、ウサギ相手に四苦八苦してたくせによ」
「あ、あれは例外だろう!例外!!」
「いや冗談だから。そんな必死に否定されても困る」

 オイ、と不意にエーデルトラウトが口を挟んだ。往来では黙っている事が多い彼だが、何かもの申したい事でもあったのだろうか。

「ギルドへ行って依頼の下見をした方がいいぜ」
「そうか?」
「ワルギリアを戦闘に連れて行くのなら、朝一に依頼選びをしたって途中でバテるぞ。あんな大きな荷物持って討伐依頼なんざやってらんねぇだろ!」
「まあ、お前の言う事にも一理ある、か・・・?」

 クライドがこちらへチラリと視線を送る。どうするかはお前が決めろ、と言わんばかりだ。が、他でもないエーデルトラウトの助言は聞き受けた方がいいのだろう。結局、ワルギリアという彼女の人となりを一番理解しているのはこの無機物に他ならないのだから。

 ***

「ここがギルドか……何と言うか、こう、賑やかな場所だな」

 ポツリとアリシアは呟いた。そもそも、自分の職場はどこか粛々としていたし任務前にはしゃぐなど以ての外。依頼を受ける場であるここが人で賑わっている、というのがそもそも理解出来なかった。
 しかしそれはクライドも同じだったらしい。酒屋のような活気を見せるその建物に入ったはいいが、それからどうすればいいのか分からないようだ。

「突き当たり奥の掲示板へ行きな。ったく、どこの田舎モンだよテメェ等」

 人が多いからか声を潜めて言うラジオに従う。この場においての常識人はこの非常識なラジオらしい。遺憾である。
 指示通りの場所へ向かえばそこには掲示板を見る人の群れで近付くのも嫌な惨状へと化していた。この人混みに突っ込むのはなかなか勇気が要る。

「オイ、とりあえず一番上にある依頼取ってくりゃいいのか?」
「面倒くさがるな。我々にこなせる依頼でなければ意味は無いぞ」
「ちなみに、一番上にあるのは高額且つ高難度依頼だぜ!急ぎの依頼なんかも上の方に貼ってあるな」

 エーデルトラウトの発言が事実であるならば、金が入り用である自分達には丁度良い依頼なのだろうが、せめて内容を熟読してから取って来て欲しい。この面子では出来る事が限られている。
 目を細め、眇めつつ狙いを定めた依頼の内容を確認していたクライドがようやく口を開く。

「あー、大文字しか見えねぇが、たぶん魔物の討伐依頼だな。丁度良いじゃねぇか、脳筋パーティには」
「誰が脳筋だ、誰が!貴様にはデリカシーという言葉は無いのか!?」
「別に誰もあんたの事だとは言って――」

 不意にクライドの言葉が途切れた。何だ何だ、と視線をそちらに移すとその視線は一点に釘付けである。何か起きたのか、と視線の先を辿る。

「すいません!」

 聞き慣れない声が鼓膜を打ったと同時、ぎらりと輝くかぎ爪がギルドの床を打ってカツン、という音を立てた。