第3話

03.


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 磯の匂いとどことなく薄着の領民。照り付ける太陽は恐らく気持ちの問題だろうが、ファーニヴァル領より強い気がした。
 それまで黙っていたラジオがやっと出番だと言わんばかりに口を開く。

「ここはリデル領だ!見りゃわかるがシレーヌ族が多い領で、領主もシレーヌの女だぜ!ヴァレンディア魔道国までの唯一にして最大の近道である港がある!何故だか知らないが治安はかなり良いな!」
「シレーヌか」

 それとなくサンダルから覗く足を見やる。気を付けて見ればすぐに分かるが、薄く鱗のようなものがキラキラと日の光を反射しているのが分かった。
 シレーヌ族と言えば陸では二足歩行、水の中では半人半魚と言う所謂、お伽話に出て来る人魚のような存在である。その特性故、水気のある場所にしか住居を構えられない。一説によると海の底にシレーヌ族による、シレーヌ族の為の国があるとか無いとか。
 当然、かつては水の都と謳われたアトランティス皇国にも広く住んでいたようだがその名が廃れると同時に、潮が引くかのように消えてしまったのは記憶に新しい。本当に彼等彼女等は水の無い場所では生きていけないのだ。

「まあ、治安が良いのはギルドがあるからだろうな。港があるから人の出入りも激しい。上手く循環システムが出来上がっているように思えるよ」

 照り付ける太陽を睨み付けながらワルギリアがポツリとエーデルトラウトの発言を補足する。
 が、そんな事は興味無いと言わんばかりにクライドが口を挟んだ。少し焦れてきているのか、或いはただ単に疲れていきているからか口調がきつめである。

「オイ、それよりこれからどーするんだよ。もうギルド行って賞金稼ぎでもするか?」
「悪い。少し疲れているから、先に宿を取らせて貰おう。何なら私が休んでいる間に観光でもして来たらいいさ」

 フードを目深に被り直した友人にアリシアは尋ねた。

「それはいいが、君は休んでいるだけでいいのか?観光とか行かないのか?」
「行かない。リデルに来たのは一度や二度の話じゃないからな。おら、トラウトを寄越せ」
「待てよ、ちょっとコイツには用が有るんだ」

 何故かラジオを回収しようとしたワルギリアを牽制したのはクライドだった。何の目的があるのかは知らないが、一瞬だけクライドを顧みた友人はしかし、あっさりと踵を返す。本当に宿を取ってさっさと休むつもりらしい。

「俺も好きにさせて貰うぜ。あんたはどーするんだ、アリシア」
「んん・・・。そうだな、私も領内を観光して来よう。日が落ちる前に帰って来いよ、クライド」

 すでに背を向けていた狙撃手は軽く片手を挙げると足取り軽く角を曲がって消えて行った。歩き慣れているようにも見えるが、彼もここへ来た事があるのだろうか。

 ***

「――で、俺に何の用だクライド?」

 アリシアの姿が見えなくなって数分。ふと、まったく唐突に気安い口調で腰の辺りに提げられているラジオがそう問い掛けてきた。極力ラジオに構う変な人間だと思われないよう配慮しながら問いに対する答えを完結に述べる。

「ラジオの部品、買い込んでおこうと思ってな。ま、つってもネジとかそんなんだが」
「へぇ。そりゃ、俺は必要かね?」
「要るに決まってんだろ。あんたがいねぇと、何の部品がどう合うのか分からねぇだろうが」
「ギャハハハハ、違いねぇ!!ま、俺は自分の身体がどういう風に出来てんのかちっとも知らねぇけどな!!」

 高笑いするエーデルトラウト。道行く人々が怪訝そうな顔をしているが、クライドは動揺を取り繕い澄まし顔を作った。所謂、他人の振りとかいうやつである。

「そういやお前、機械の知識はどこで?見た所皇国とはまるで無関係の人間に見えるけどなぁ」
「あ?ああいや、だから俺はちょっと手先が器用なだけだって言わなかったか?」
「ラジオの解体から組み立てまで出来る人間は『ちょっと器用』とは言わねぇだろうな、ギャハハハハハハ!!」

 本当に特に深い意味も無ければ込み入った事情があるわけでもない。単純にして明快、それは必要なスキルだったのだ。

「いや、本当に理由つっても例の親友がラジオの手入れしてくれ、つって持って来たのが始まりだしなぁ……」

 空の旅。その途中でラジオを聴くのが彼の気に入りだったのだ。ザーッというノイズでラジオが機能を果たさなくなった時は酷く落ち込んでいたようで、それが憐れに思えたのが機械に触れようと思った切っ掛けである。
 ――最も、それは自分の役目ではなく友人が自分ですべき事であったのは明白だが。

「惜しい才能だぜ、なぁ。今の皇国は知らねぇが、かつての皇国であったのならば良い稼ぎになっただろうによ。機械関係の整備士は」
「――ところで、あんたは皇国の関係者なんだな。エーデルトラウト」
「あ?そりゃそうだろ。俺は誰よりも皇国の事をよーく知ってるぜ。俺について知りたきゃワルギリアの奴に聞いてみろよ!ギャハハハハハハ!!」
「そりゃ、鉄壁の要塞を攻略するより難しい案件だな」

 今日も今日とてマイペースだった親友にどこか似ている彼女を思い浮かべ苦笑する。友人を自称するアリシアにすら名乗らないレベルの鋼鉄の唇だ。まさかエーデルトラウトについて何か詳しい事情をべらべら話すとは考えられない。

「なぁ、あんたって本当に人間だったのかよ」

 不意に――そう、まったく唐突に気になった事を口にした。この情報に関してはアリシアがポロッと溢した言葉だが、当人にはまだ確認を取っていない。
 クツクツと嗤ったエーデルトラウトはややあってその答えを口にした。

「そうだな」

 ――と。
 その返答の短さが何より真実である事を裏付けている気がしてこっそりと溜息を吐く。形状が鉄の塊だと言うだけで彼の方がワルギリアより話しやすい反面、その言葉の一つ一つに何か深い意味があるようで不安になる。開示される情報には何らかの意図があるのだ、きっと。
 ところで、と思考を打ち切られるようにしてエーデルトラウトが言葉を紡ぐ、滑らかに。

「もう慣れたか?お前、最初期に色々やらかしてたもんなぁ?ギャハハハハ」
「もうその件については忘れてくれ、ホント。……ま、女ばっかで空気感掴みにくいってのはあるな。両手に花と鉄だぜ」
「お前が持ってんのは煌びやかなショップの花じゃなくて、その辺に生えてる野草だろうよ!!」

 今はいない女性陣の顔を思い浮かべる。憤慨するアリシアと無言でエーデルトラウトを殴るワルギリアを思い描いた。とんでもない失言である。

「オイ、目的地行き過ぎてるぜ。何の為にここまで来たんだよお前」
「おっと」

 小さな部品を取り扱う店。それを横目に通り過ぎようとしていた事に気付いてかなり不自然にそちらの方へ曲がった。その際、薄着の女性にぶつかってしまい、軽く謝罪する。
 さて、ラジオにも使える小さなネジにバネ、その他諸々買う物がたくさんある。