第3話

02.


 ***

「1羽か。まあ私はそんなに食べなくていいから、お前達が2人で分けろよ」

 仕留めたウサギを見下ろしながら友人は淡々とそう告げた。食欲が無いのだろうか。
 再び不機嫌そうな顔に戻ったクライドはしかし、表情とは裏腹にワルギリアに対し忠告めいた言葉を発した。

「ワルギリア。あんた、見た所ちょっとの運動で疲れるような歳じゃねぇだろ?何かの病気かもしれねぇぜ、病院行け。リデルにはそれなりに大きな病院がある。そこで診察を受けたらどうだ?」
「ハァ?いや、私は――」

 何事か、そう、反論のような答えを口にしようとしたワルギリアの少しばかり苛立ったような声音はラジオのけたたましい哄笑によって掻き消された。
 エーデルトラウトは言う。

「それ多分意味ねぇぜ!こいつはこういう体質であり、こういう生き物なんだよ!それを病院に?ギャハハハハ、時間と金の無駄だなぁ、オイ!」

 ――エーデルトラウト。元は人間であったらしい存在。
 正直、彼もまた気味が悪いものの名前も知らない『彼女』という存在を最もよく知る人物である。あの、ワルギリアを拾った雨の日。その前から行動を共にしていた事になるのだから。
 故に、このタイミングが酷く疑わしいと思う。
 気付けばアリシアの唇から咎めるような、それでいて妬ましいと思うような一言が漏れ出ていた。

「随分とタイミング良く牽制して来るな、トラウト」

 その言葉に対し、ラジオはクツクツと嗤っていただけだったし頭が冷えたのか少しだけ溜息のような吐息を漏らしたワルギリアは不機嫌そうにフードを被った。
 気まずい沈黙が一同を取り巻く。
 あの後、完全にヘソを曲げてしまったワルギリアは他者の視線と言葉を断絶するかのようにフードを深く被ってしまったし、クライドは相変わらず不機嫌そうな顔のままだ。
 仕方が無い、ここは特に何の不満も無く強いて言うならば空気に不快感を覚えている自分が会話の突破口を開くしかないだろう。クライドはどうなのか知らないが、ワルギリアは基本的に自ら新鮮な話題を提供出来るような人物ではない。
 微かに息を吸い込む。走り出しの助走のような緊張感に満ちたそれ。
 前を歩くクライド、続いて後ろを歩いているワルギリアを見、もう一度息を吸い込んで――

「――おい。とんでもない事に気付いた」

 深く静かな声が鼓膜を震わし、思わずわっと悲鳴を上げる。クライドの胡乱げな目と目が合い気まずくなって目を逸らした。

「……どうしたよ、今度は」

 何やら頭を振り、ワルギリアから視線を逸らしつつクライドが問う。ギクシャクした空間だが、とにかく会話らしい会話が出来ている事に素直に感動した。

「船賃が足りないな。このままだと私以外は魔道国へ行けなくなる」
「そこで何でテメェだけ海渡る前提なんだよ!つか、船賃足りないって!?」
「ああ。バイトでもしてくれ」
「ちょ、ちょっと待ってくれないか。ワルギリア」

 不穏な言葉。思考が追い付かず、堪らずアリシアは会話の流れを止めた。

「私は結構な額を屋敷から運び出したぞ!?というか、クライド。お前手ぶらか?」
「……金はあるが、ファーニヴァルであんた等に貰ったチップしかねぇぞ」
「えっ!?じゃあ待て、領を出て道中に寄った飯屋!あそこでは誰が金を出したんだ!?」
「悪いアリシア。お前の財布から全員分払った」
「なん、だと……っ!?」

 友人の信じられない発言に一瞬だけ呼吸が止まる。いや、仲間全員分の飯代を払う、それそのものは構わない。持っていないのならば仲間同士、助け合うべきだからだ。
 ――が、それが勝手に行われていたのならば話は別。
 せめて一声掛けてくれればいいものを、何故黙っていたのだろう彼女等は。

「ワルギリア、クライド。貴様等の昼食を奢るのは一向に構わない。構わないが――それは私の財布だろう。せめて、頼むから払うなら払うと事前に言っていてくれ!肝が冷えたじゃないか!!」
「悪い。で、金を手っ取り早く稼ぐ方法が思いつくだけで2つある。1つは合法的な手段で、もう1つは非合法的な手段だけど――どっちがいい?」

 ふむ、と考え込むクライドを余所にアリシアは即答した。真っ当な生活を送っている人間ならば答えなど決まり切っているし、友人の真っ黒い一面などあまり見たいものではない。

「合法的手段の方を聞こうか・・・もうこれ以上、そのドッキリ発言で私の寿命を縮めないでくれ」
「いいだろう。リデル領にはギルドがある。そこで適当な依頼をこなして報酬を貰えば路銀くらい稼げるはずだ」

 分かった、と案外素直に頷いたのはクライドだった。口の端に自嘲めいた笑みを浮かべている。

「ま、奢って貰った分は働くぜ。何ならワルギリア、あんたは休んでても構わない」
「いや。明日の体調にもよるが同行はしようか。忘れているみたいたけど、私は一応ヒーラーだからな」

 本当に忘れてたよ、そうクライドが小さな小さな声で呟いた。