16.
再び作業に戻ったクライドを尻目に、風呂へ入る前に起こった出来事を話す。
「ところで、お前達が帰ってくる前、ここの領主が尋ねて来た」
「……はぁ?」
「魔物討伐の礼をしに来たそうだ。が、お前の反応を見るに普通では考えられない行動らしいな。何でも、礼品は用意出来ないから無料で領での買い物をしていいそうだ」
「そりゃまた……随分と太っ腹な報酬だな。考えられないぜ。あの人、あまり人に礼とか言わないタイプだからなぁ」
異常事態だったのかもしれないな、とクライドが独りごちる。やはり通常時では考えられない行動だったようだ。
「その、ファーニヴァルの領主は実際どんな人物なんだ?」
「どんな、ねぇ……。名前はギディオン=ファーニヴァル。若いが歴とした領主だぜ。先代が急病で亡くなったからな。あの歳で即位した、って感じだ」
「世襲制、なのか」
「んー。あんまり酷けりゃ代理が立てられる事もあるな。その代理がどうやって立てられるのかは知らねぇが。けどま、今の領主に関しては代理が立つことは無いだろうよ。あの人は性格にちょっと難があるが……まぁ、領を統治する事に関しては一級品だ」
「しかし、魔物の討伐に関しては……」
「さぁなぁ。ああいう所あるからなぁ。ま、そもそもあの人が領主になってから野良の魔物が領に入って来た事なんて片手で数える程しかねぇよ。今回のは余所の住人が持ち込んだ魔物だったしな」
総合的に見て、今日退治したあの人物が結構な変わり種である事は理解した。ただ、直接会ってみた者の感想としては――とても、統治主義には見えず、皇国にいるような他国を侵略する事を第一とした野心家のような目をしていた、としか表現出来ないが。
静かに目を閉じる。考えなければならない事がたくさんあって少し疲れてきた。
「寝るのなら部屋に帰って寝ろよ。風邪引くぞ」
「……いや、お前が弄くっているラジオが元の形に戻るまではいるべきだろう。そのまま持ち逃げされたらワルギリアが悲しむ」
「旅に同行する、つってんだろ。持ち逃げどころか明日も俺と会う事になるんだぜ、あんた」
「……そうだったな」
痛む頭を押さえる。そうか、彼とは今ここで別れるわけではない。明日も明後日も、誰かの目的が達成されるまでは毎日見る顔なのだ。
余程変な顔でもしていたのだろうか。クライドは自嘲めいた笑みを浮かべると白々しく肩を竦めた。
「ま、一時は摩擦の種になるだろうが宜しく頼んだぜ。奇襲の件はちゃんと反省してるから、その辺も加味してくれよ」
「・・・お前が反省という言葉を知っている事に驚いたよ」
「失礼な奴だな」
ほれ、といつの間に組み立てたのか古いラジオを渡される。スピーカー部分に耳を当ててみるも、機械の知識皆無であるアリシアには前後の違いが分からなかった。
――が、ザザッという不穏な音と共に最近では聞き慣れた耳障りな哄笑が響き渡る。
「やっと直ったか!ワルギリアの野郎、いつまでも俺様を放置しやがって!」
「あー、こりゃ確かに喋ってるわ……」
一瞬だけ茫然とラジオを見つめたクライドだったが、次の瞬間には苦笑していた。案外順応力の高い男なのかもしれない。
ふむ、と1つ頷いたアリシアは立ち上がった。
「確かに直っているな。ワルギリアにはそう伝えておくよ。じゃあ、また明日」
「あー、了解」
何故か少しばかり驚いたような顔をしたクライドの返事を聞き、踵を返す。
――だから、歓迎する気はあるのだ。新しい『旅』の同行者を。