第2話

15.


***

 ワルギリアが去った後、ラジオを抱えたクライドが当然のように適当なソファに座ったので、何となくの流れでアリシアもまたその正面に陣取る。色々訊きたい事はあるし、そもそもエーデルトラウトに何の用があるのかは知らないが、そのまま持ち帰られても困る。
 チラリとこちらを一瞥したクライドが口を開く様子は無い。黙って作業を眺めていろ、とでも思っているのか或いは訊きたい事があるのなら今のうちに訊けという事なのか。

「……あー、クライド。お前はトラウトをどうするつもりなんだ?」
「トラウト?」
「エーデルトラウト」

 ラジオを指さして見せれば怪訝そうな顔をされた。当然である。鉄の塊に人間の名前が付いているなんて不自然極まりない上、今の彼は喋る事すらままならない身。限りなく壊れかけのラジオに近い状態なのだ。
 しかし、敢えてクライドはその部分には触れず淡々と質問の答えを述べる。

「見ての通り、ノイズが酷いから分解してる。ま、1時間もすりゃ元通りになるだろ」
「整備士だったのか」
「ワルギリアにも言われたが、俺の本職は領の案内人であり狙撃手だ。そこんとこは勘違いするんじゃねぇぞ。今回はたまたまラジオだったから直せたが他の機械類が絶対に直せるとは限らないからな」
「一部の機械しか直せない、という事か?」
「そうだな」

 慣れた手つきで小さなネジを外していく様子をボンヤリと見つめる。風呂に入っていくらかの疲れは取れたが、肉体的な疲労が癒えたわけではない。頭の中は緩く回転しているだけで本当は睡眠を取りたいくらいだ。
 ――が、世間話をする為にここに残ったわけではない。
 エーデルトラウトの件もあるが、はっきりさせておかなければならない事がある。
 それなりに世話になり、壮絶な過去を持つ事も知った。もう他人とは呼べない男を前に悶々と悩んでみる。と同時にワルギリアが残して行った言葉の意図を思考した。
 いきなり旅の仲間を増やした事の、意味。
 単に人手が増えれば何かあった時に役立つと思ったのだろうか。それとも、ワルギリア自身が身体的に限界を感じているからなのか。後者であった場合、自分が提案した逃避行は確実に友人の身体を蝕む原因になっているとも言える。深く考えた事は無かったが、彼女の疲れやすさという体質は何かの病気だからかもしれないし――
 いや、そもそもクライドは自分の意志で旅に同行しているのだろうか。ワルギリアが自身の限界に行き着き、死に物狂いで後方支援出来る人間を獲得したかったのだとしたら。
 アリシアは彼女の事を友人、或いは親友だと自負しているが目的を達成する為に行使する手段、他人を思い通りに操る為の手段に関してはまったく信用していない。良くも悪くも、彼女は嘘を吐くのが上手だからだ。更に言えばクライドは自分とワルギリアが持たない長距離の攻撃手段に加え、限定的とは言え整備士の役割も持ち得る。友人がこんな良質物件を見逃すとは思えなかった。
 そう一度思ってしまえば余計に悶々とした感情が脳裏に広がって行く。目の前の男はワルギリアに上手く利用されているのではないだろうか、と。

「――オイ、オイ!こっちジロジロ見てるなと思ったら、何だよその百面相は。あんた、本当に皇国で騎士なんかやってたのか?苦労しただろ」
「はっ!?す、すまない」
「何か訊きたい事があるなら今のうちにしとけよ。ワルギリアがいないうちにな」

 その言葉に後押しされる形で、アリシアはクライドから目を逸らしたまま問い掛ける。面と向かって「お前は利用されているんじゃないのか」、とは訊けなかったのだ。

「あー、クライド。お前はあれだ、ワルギリアに上手い事丸め込まれていないか?私は彼女の友人ではあるが、友人であるからこそそういった部分はまったく信用していなくてだな……」

 ふと、クライドが作業の手を止めどこか物珍しそうな顔でこちらを見ている事に気付いた。何か変な事でも言っただろうか。

「あんたはさぁ、絶対的にワルギリアの味方だと思っていたが違うんだな」
「いや、私はどちらかと言うとお前よりはワルギリアの肩入れしている。アホな事を真顔で言うな」
「何言ってんだコイツ……。いやいや、とにかくアリシア、あんたがそれを言うのはお門違いってやつだろ?確かにどう考えたって俺は奴に利用されているが――それはあんたも一緒なんじゃねぇのか?」

 目を見開く。そうか、互いに『こいつはワルギリアに利用されている』、と思っていたのか。だとしたら今さっきの自分の発言は確かにお門違いである。
 黙り込んだのを反論する言葉を持たなかった、と判断したのか意地の悪い笑みを浮かべたクライドが幾らか饒舌に話を続ける。

「俺は一応、皇国への復讐の為にパーティに加入した事になっているが……これは、本当にあんたの為の旅なのか?」
「復讐目的、だと?いや、それは私がとやかく言う話では無いが、正直に言うと、皇国からある程度離れればさすがに追っ手を差し向けてくるとは思えないぞ」

 ニヤニヤ、とクライドが嗤う。心底可笑しい、とでも言わんばかりに。

「やけに自信満々だったぜ、ワルギリアの奴は。ずーっと追い掛けて来るってさ。今すでにあんたの意見と奴の意見は食い違ってるな。俺とあんた、どっちに嘘を吐いているんだろうな?」
「嘘を吐いているわけじゃなくて、私の予想とワルギリアの予想がズレているだけだろう」

 クツクツ、とクライドが嗤う。
 ああやっぱり、こんな奴仲間に加えるべきじゃない。世話になった事も、遠距離支援が欲しいのも分かるがワルギリアにとっては危険な人物だとしか思えない。
 ただ、1つだけ確信を以て言える事がある。クライドがどんな思惑を以てこんな話をしたのかは分からない。けれど、残念ながら彼の思惑に乗る事はこの先無いだろう。

「クライド、これは忠告だし戯れ言でもある。気に入らなければ受け流して貰って構わない」
「何だよ」
「私は何があっても、ワルギリアの敵に回る事は無いよ。それだけは肝に銘じておいて欲しい。そういった類の思惑に、私は乗ったりしない」
「その大事な友達に、利用されていたとしても、かい?」
「ああ。利用する側とされる側、という関係なら今から協力し合える関係に変えてみせるよ。それに私は彼女の助けになるのなら利用されていてもいい。友人の為に何かする事は利用されたとは言わない」

 まるで化け物でも見たかのようなクライドの視線に内心で苦笑する。異常だと思われようが知った事では無い。

「……へぇ、そうかい。振られちまったな」

 先程までの表情が失せ、苦笑気味にクライドがそう言う。
 どんな思惑があれ、皇国という小さな世界から自分を連れ出したのはワルギリアだ。それに薄々は気付いている。彼女はアリシアに選択を任せているようで、その実この旅は自分のものではないのだと。
 ――ともあれ、この話はこの辺りでお開きだ。これ以上の押し問答は無意味だし、時間の無駄だ。クライドが旅に同行するという話も、ワルギリアが持って来たものなら彼女に掛け合わなければ意味が無い。それに、同行するならするで歓迎する体勢ではある。