第2話

14.


「つかあんた、そのラジオはどうしたんだよ。前からずっと気になってたんだが」
「あ?ラジオ?」

 ザザザッ、とラジオから不吉なノイズが響く。耳を覆いたくなるような壊れかけた音。何かを話しているようにも聞こえるが、そもそも皇国は『放送』を止めたはずなのでこのラジオが何かしらの電波を拾うのはあり得ない。
 それを知ってか知らずか、ワルギリアは少しだけ困ったように肩を竦めた。

「ああ、ちょっと壊れかけていてね。明日には整備士を捜しに行くつもりだけれど、まあ今日はもう帰って寝るな」
「それ、直してどーすんだよ。ラジオなんざ今じゃただの鉄の塊だぜ」
「コイツ、喋るんだ。今も何か言ってるな……」

 ワルギリアの言葉に応じるように一層ノイズが酷くなった。もうここまであからさまに音を立てられれば先程のノイズが幻聴だったとは考え辛い。
 クライドは一つ溜息を吐くとそのラジオに手を伸ばした。途端、微かに彼女は怪訝そうな顔をする。

「別に取って食いやしねぇよ。俺、機械得意なんだ。もしかしたら直せるかもしれねぇ」
「ふぅん?得意ってどのくらい?」
「1からこのラジオを組み立てられるくらいだよ」

 整備士だったのか、という声が耳に届くが残念ながらそれは違う。少しだけ詳しい、それだけの話なのだ。色々事情があるのでここでは話さないし、アリシアと違ってワルギリアは他人の過去になど興味が無さそうなので割愛するとしよう。
 ざっとラジオを点検してみる。その間にも「何かを喋っているかのように」ラジオはノイズを紡いでいた。

「喋る、つうからラジオじゃない何かかと思ったが構造そのものはラジオだな」
「だから喋るラジオだって言ってるだろ?」
「あー、1回バラさないと駄目だなこりゃ。宿のロビーで工具借りねぇと」
「なら、尚更一度宿に戻らなきゃならないな?」
「誰の為に戻ると思ってんだよ!」

 喋るラジオの謎にも迫りたいが、まずはこのノイズをどうにかしないと会話どろこじゃ無さそうだ。とにかくこのラジオを修復し、「これは喋っているとは言わない」、とワルギリアに示してやるのが最重要項目である。

***

「ふぅ、やはり風呂とは良い物だ」

 ――明日があるのならば、次はワルギリアも誘ってみよう。
 上機嫌でタオルを首に掛けたアリシアはロビーを横断する。部屋へ戻る為にはこのロビーを通らなければならなかったのだ。
 と、視界の端で扉が開くのが見えた。外から宿泊客が帰って来たのだろうか。

「――んん?ワルギリア?」
「アリシア。丁度良かった、伝えなきゃならない事がある」
「いやそれはいいが……君は、部屋にいたんじゃなかったのか?」

 ロビーにいる間、彼女が外へ出て行くのを見掛けた覚えが無い。更に驚く事に、友人の後ろからのそのそと現れたのはほんの少し前に別れたばかりの狙撃手、クライドだった。何故かその手にはいつもワルギリアが持ち歩いているラジオこと、エーデルトラウトの姿もある。
 む、とアリシアは顔をしかめた。

「コラ、ワルギリア」
「どうした……」

 何事かを告げようとしていたワルギリアは挟み込まれたアリシアの言葉で発言を止める。

「君は疲れていると言って部屋へ戻ったはずなのに、何を外で遊んでいるんだ。あと――みんなで遊びに行くなら私も誘って欲しかったんだが。寂しいじゃないか」

 途端、ワルギリアは盛大な溜息を吐き、クライドからは生温い笑みを手向けられた。何か変な事でも言っただろうかと首を傾げる。仲間外れにされた気分を彼女等も味わえばいいのに。

「悪かった悪かった。別に俺達は遊んでたわけじゃないが……」
「アリシア。コイツが旅に同行する事になった」

 何事か弁解を計ろうとしていたクライドの言葉を遮り、ワルギリアが淡々と告げる。親指で狙撃手を指し示しているが、クライドはそれを「行儀が悪いぞ」と窘めた。すでに案外馴染んでいるようで疑問を禁じ得ない。

「いやワルギリア、それはいいが、経緯は?何が起きてそんな馬鹿みたいな話になったんだ?」
「おう、寄って集って俺を苛めるつもりかあんた等」
「そんなつもりは無い!ただ、クライドは――」

 煩い、と答えにもなっていない言葉を寄越し、面倒だと言わんばかりに友人は首を振った。

「眠い。帰る。何か訊きたい事があるのなら、明日以降にしてくれ。じゃあな」
「あ!待て、ワルギリア!」

 制止の声も虚しく、友人は今度こそ間違えようもなく部屋がある階へ上がって行ってしまった。残されたのはクライドとその手の中にあるエーデルトラウトだけである。