第2話

11.


「ゴホン!話を戻すぞ!」
「分かったって。悪かったよ、そのくらいで怒るなって……」

 ツッコんだら負けだ、という不穏な台詞が正面から聞こえて来た。更に文句を言おうとしたら、呟いた本人から「早く話を進めろ」、と言われてしまったので渋々話を再開する。

「で、後はお察しの通りさ。ワルギリアにすっかり絆された私は回復した後、今までずーっと彼女を屋敷で匿っていた。いや、匿っていたという表現は可笑しいな。ホームシェアみたいなものか。私が遠征でいない時は勝手に食材を使って料理もしていた形跡があるし。まあ、そんな日々は続かなかったわけだが。見ての通り、私はとうとう皇国が『どう考えたって異常だ』と気付いてしまってね。こうしてワルギリアと共に皇国から逃げ出してきたわけだ」
「……随分長く話をしていたが、ようはただの脱走兵って事か?」
「……そう、なるな」

 前の件丸々要らねぇだろ、とクライドが不満げに言うが無視。途中でそんな事には気付いていた。話し出したら止まらなくなってしまっただけで。

「じゃ、逃避行ってわけか。ただ逃げてるだけの」
「それもあるが……一番の理由は、私がもっと外側から皇国を知りたいと思ってね。腐っても故郷は故郷。どうにかして、私がまだ子供だった頃のまともな国に戻って欲しいと願っているよ」

 それが全てであり、同時に叶わぬ願いでもある。所詮はそれだけの話だったのだが、一介の騎士である自分には少々荷が重すぎる案件だ。そもそも何故おかしくなってしまったのかさえ定かではない。

「街が襲われた件は謝る。恐らくは私達がいたからだろう」
「……どうだろうな。俺はアーロンの共闘依頼を断った形になるからな。その報復って意味も多少はあるだろ」
「そういう気遣いは要らん。アーロンとの接触もそもそも我々がいなければ起こりえなかっただろうからな」

 で、と強引だとは思ったがアリシアは言葉を切った。自分の話をしはしたが、当然タダというわけではない。彼と出会ってからずっと引っ掛かっていた事がある。それはきっと、旅の目的ともある程度は一致していると確信を以てそう思えた。

「――私だけが話していても楽しくないだろう?次はお前の事について聞こうか。そもそも、何が原因で皇国に恨みを持っているんだ。剣の意匠から所属国を割り出すくらいだ、それはそれは根深い恨み辛みがあるんだろうな?」

 クライドの瞳が揺れる。警戒であり、憎悪であり、哀愁でもある。複雑な感情を綯い交ぜにした瞳だ。それだけで壮絶な『何か』がある事は理解したがその口から何が起きて、何をされたのか聞かなければならない。外部から祖国の話を。
 す、と目を逸らしたクライドの視線を追いアリシアは言葉を紡ぐ。歯触りの良い言葉を。それは半分本心でありもう半分は純粋な興味、好奇心でもあった。

「何か力になれるかもしれないぞ。助けて貰った礼だ」
「……力になるならない、の問題じゃねぇんだよ」

 ポツリポツリとクライドが話し始める。ただしアリシアの言葉に看過されたわけではなく、自分の生い立ちを話した最低限の礼、礼儀のような義務のような口調だ。
 斜め下に視線を落とした狙撃手は悲痛な面持ちで語る。壮絶な過去があったに違い無い。

「――俺にはな、親友がいたんだよ。今はふらふらしてっけど、当時は確かにいたんだ。いつか一緒に旅に出ようだとか、デカイ家を買おうだとか、そんな冗談を言い合える親友が」

 ふらふら、とは案内業の事だろうか。それとも果てのない復讐活動の事だろうか。ただし、全ては過去形。過ぎ去った産物に過ぎない、そんな口調ではあるが。

「3年前の話さ。俺の親友は――クティノス族の鳥型だった。もうここまで言えばオチが見えたようなもんか」
「鳥……」

 3年前、鳥型、ときて真っ先に思い浮かぶものは単純だ。
 ――アトランティス皇国が一方的に発布した、『飛行禁止』の命令。それは国内だけでなく、その国境付近に位置する他国にまで及んだ。

「飛行禁止が定められて3日経った頃だったよ、アイツがファーニヴァル領へ遊びに来たのは。普通に空飛んで来たみたいだったし、あの時はそんなお触れが出たなんて知らなかったんだろうなぁ。無邪気なもんだよ」
「それは、つまり――」
「そうさ。奴は――帰り際だったかね。俺もたまには皇国に行ってみたくてな、相乗りしてたんだよ。アイツの背中に。最初は順調に飛んでたんだ。景色が次から次に変わって、案外気に入ってたんだぜ、乗せて貰うの。けどな、いきなり銃声が聞こえたと思えば地面に真っ逆さま。そのまま真下に落ちたから俺はアイツがクッションになって大した怪我もせず生還したが、アイツはそうじゃなかった」

 ふ、とクライドが自嘲めいた笑みを浮かべる。寂しげで見ていられない、今にも泡のように弾けて消えてしまいそうな。

「俺の体重と、腹に3発の銃弾を受けたアイツは助からなかった。即死だったね。俺が我に返って声を掛けた時にはもう息をしていなかった。ひでぇ話だよな。別に何をしたわけじゃねぇんだぜ?空を飛んでただけって話だ。それがそんなに悪い事なのか?鳥が空を飛んで何か悪い事があるのか?自然の摂理なんじゃねぇのか?」
「……そうだな。お前が言っている事は正しい。常人の尺度で物を計れば。生憎だが、私の計りも正常なんでね。クライド、お前が望む問いに対する答えなんて持ち合わせていないよ」
「そうだろうよ。後はお察しの通りさ。俺は、自領に入って来た皇国兵にどうにかして報復したくて日々研究に勤しんでた、ってわけだ。皇国は剣の意匠が凝ってる上に、武器作成技術は他国の追随を許さないレベルだろ?見分けるには得物を調べた方が効率良いんだよなぁ」

 そう言って、やはり復讐に燃える狙撃手は自嘲めいた笑みを浮かべた。本当は解っているのだ。ファーニヴァル領へやって来た皇国兵を殺害しようがどうしようが、何も変わりはしないのだと。己の自己満足であり、何の解決にもならないのだと。