09.
どうっ、と派手な音を立てて地面に倒れる角兎。暫くじたばたと四肢を動かしていたが、やがてぴくりとも動かなくなった。
「……うわ。私に近付くな、アリシア」
――これはワルギリアの発言である。
と言うのも間近で魔物の鮮血シャワーを浴びてしまい、全身赤いペンキに浸かったような状態なのだ。
「おい、あれを見ろ!」
「何だ。騒々しいぞ、クライド――」
友人との会話を遮られたので苛々しながらクライドを見ると、彼は間抜けな表情である一点を指さしていた。釣られてそちらを見やる。
先程まで民家程――否、民家より大きな身体をしていた角兎だったが、それは見る見るうちに縮み、野で見掛ける普通の兎へと変貌していた。風船が萎んでいくように、それはもう唐突にだ。
ふ、とワルギリアが険しい顔をする。
「これは――」
「はいはーい!ストップストーップ!」
思わず溜息を吐いてしまいそうな軽々しい声。ただしそれには聞き覚えがあった。今回の件の元凶であり、正体不明、恐らくは皇国の関係者だと思われるクティノス族の男――
「うーん、やっぱりこの程度じゃ話にならなかったかー。良い線行ってたとは思うんだけどなぁ」
「貴様……!何のつもりだ!!」
不気味な笑みを浮かべたまま、男は首を傾げた。傾げながらも今し方討伐された角兎の脇に屈み込む。
「何のつもり、っていうか……ボクは見た通り皇国の関係者だよ。で、関係者つったら何しに来たか分かるでしょ?君なら、ね?」
「私に用があるのならば、街に魔物を放つ必要は無かったはずだろう!?」
「えぇ〜、そういう事言っちゃう?君達が素直に着いて来てくれなかったからじゃない」
「屁理屈を言うな!」
「理不尽言わないでよ」
――暖簾に腕押し。のらりくらりとこちらの会話をいなされ二の句が継げなくなる。
そうこうしている間に何か一瞬だけ考えた男はややあってその兎の死体――腹辺りに手を突っ込んだ。生ものをかき混ぜるような嫌な音が鼓膜を打つ。
「あー……お、あったあった。じゃ、ボクは撤退しようかな。今日はどうせ様子見だったし」
そう呟いた男の手には何か――真っ赤な欠片のような物が1欠片あった。不思議な気配を放つそれに一瞬見取れるも、それどころではないので慌てて言葉を紡ぐ。
「は?いや、待て!貴様、私を連行するつもりなんじゃなかったのか!?いいのか、あっさり逃げ出して!」
「いやいや、ボクみたいなか弱い小狐ちゃんが君みたいなゴリラと戦ったら粉々にされちゃうって。人命第一!あ、あとボクはアーロン!次からは親しみを込めて呼んでおくれよ!じゃね!!」
「待てと言っているだろう!」
追おうとしたが、クライドに止められた。
「離せ!」
「いや、離せ、じゃねぇよ。あいつを俺の前に置いていくつもりか?どーなっても知らないぜ」
「まあ、追わない方がいいだろうな」
クライドの脅しの種になっているワルギリアが特に緊張感も無くそう言った為、結局男――アーロンを追う事は叶わなかった。