第2話

05.


 再び街に繰り出したアリシア一行。細心の注意を払いつつも内心でそれなりに浮かれている事は否定出来ない。ワルギリアとエーデルトラウトはいつも通りなのだろうが。

「うーん、やはり剣も買い換えるべきだろうか」
「得物ってのは手に馴染んだもんを使った方が良いぜ。脱走した国の正規剣だろうとな!ギャハハハハ!!」

 下卑た嗤い声に頭を痛めつつ、アリシアは自分の得物にチラリと視線を移した。悔しいが、エーデルトラウトの言葉に間違いは何一つとして無い。これから何が起こるか分からないので、刃が折れでもしない限りは今のものを使った方が良いだろう。
 そして買い換えるにしても、道具を選ぶ訳ではないのだがそれなりに値の張る、『ちゃんとした』剣を買わなければならない。予算の問題も視野に入れなければならないだろう。

「止めとけ、アリシア。今回の件に関してはあの男がちょっと異常だっただけさ。不確定要素の為にそれを買い換える必要は無い」

 あと、とここで初めてワルギリアは言い淀んだ。

「――トラウトの調子が驚く程悪い。お前には悪いと思うが、機械関係の整備を出来る人間を捜すのが先決だ。ちょっとこれは洒落にならない」

 幾ら掛かるかも分からないし、と付け加えられた言葉に思わずラジオを見やる。もう例のブツブツとしたノイズには慣れてきたが本来ならばそれは聞こえてはいけない音だ。彼女の言う通り早急に整備士を捜す必要がある。

「にしても、そんなに調子が悪いのならば早く言え。私達にはラジオの調子なんか分からないんだぞ?」
「そりゃ悪かったな。別に、壊れた時は壊れた時だ。さすがに疲れたワルギリアがわざわざ街に出て来たんだから、その親切心を否定するつもりはねぇがな!」

 ――成る程。ようやく合点がいった。
 基本的に生活態度を一切他人に合わせようとしないワルギリアが単独行動を危惧する、という思惑があるとは言え着いて来た理由。何の事は無い、エーデルトラウトの整備士を捜す為だったのだ。

「ふふ、ではまず整備士を捜そうか。整備士は貴重な人材だからな、捜すのに時間が掛かりそうだ」

 ちっ、とワルギリアが行儀悪く舌打ちしたその瞬間だった。
 ぽん、と軽い調子で肩に手を置かれ、アリシアは振り返った。勿論、さっきの今で警戒していたので反射的に剣の柄へ手を置く事も忘れない。

「やぁやぁ、どうもどうも〜」

 かくして。
 振り返った先にいたのはまったく見ず知らずの男――クティノス族の男だった。
 ワルギリアが一歩先で立ち止まった。こちらをじっと見ているであろう視線はフードに遮られてよく見えない。
 友人がちゃんと待っている事を確認し、アリシアは再びクティノス族の男に視線を移した。身長が高い。隠しもせずピンと立っている三角形の獣耳からして完全なパワーファイター型なのだろう。
 自然な動きで肩に乗せられた手を払う。

「・・・誰だ貴様」

 威嚇するように低い声で問い掛けると、男は大袈裟に両手を振った。「脅かさないでよ〜」、と呑気な口調で言う。

「いやね、お姉さん達、皇国の人でしょ?ちょーっとお願いがあるんだけどいいかなぁ?」
「悪いが急いでいる」
「あ、こっちは急ぎじゃないんだって!話聞いてくれるだけでもいいから!」

 やはり剣の意匠に問題があるのだろうか。あっけらかんと言ってのけた男を睨み付ける。と言っても、彼はクティノスだ。一番に皇国の被害を受けている彼等が皇国兵の正規剣を見分けられるのは最早必然である。
 聞きもしないのに男は早口で喋り始めた。

「あのねぇ、見ての通りボクはストレジヌ出身なんだけどさ、君達はそのうち皇国に戻るでしょ?ちょっと村に寄って届けて貰いたい物があるんだよ!頼むよ〜、ストレジヌなんて恐くて戻りたくないし!」
「いや、私達は――」
「ちょっと着いて来て!もちろん、お礼は弾むからさ!」

 自分の話はするのにこちらの話には一切耳を傾けない。何て自己中な奴だ、と心中で吐き捨てる。

「行かない方が良いぞ、アリシア」
「ああ!分かっている!」

 取られた腕を掴んでいる、男の腕に手刀を振り下ろす。言動そのものはペラペラと貧弱そうだが、クティノス族の腕力は人間のそれより圧倒的に強い。遠慮や容赦などは微塵も無かった。

「うおっ、危ねっ!ひ、酷いよ……!!」

 掠りもしていない手刀を振り下ろされた腕をわざとらしく擦り、男はにこやかに笑う。状況を理解していないのか、した上での反応なのか。得体の知れない奴だ。

「本当に着いて来ない?」
「貴様、それは荷物の話が嘘だと自白しているようなものだぞ」
「やだなぁ、出任せだって気付いてるんでしょ〜?ちょっとした言葉遊びじゃない」
「だったら――」
「もう一度聞くよ。本当に、着いて来ないんだね?」

 今までと打って変わって低い声と笑っていない唇。それに何か薄ら寒いものを感じて、柄に掛けた手に力を込める。もういつでもその刃は目の前の男を切り裂ける状態だ。
 無言を肯定だと受け取ったのか、やはりクティノスの男は緊張感なくへラッとした笑みを浮かべ直す。

「うーん、じゃあ仕方無いな。ボクが困るわけじゃないし」
「何?どういう意味だッ!」
「自分の目で確かめてね〜。何でも人に聞くのは良くないよ」

 唐突に男が片手を上に挙げた。間髪を入れずパチリと高らかに指を鳴らす。それは何かの合図のようでもあり、実際にはそうだったのだろう。
 絹を裂くような悲鳴、悲鳴、悲鳴。
 それは男のすぐ後方から響いた。人の波が迫ってくる。

「え?何だあれは……!?」

 起き上がるように。むくりと頭をもたげたのは巨大な角の生えた兎だった。ただし、それに関してアリシアには膨大な知識がある。恐らく戦闘をする――戦う事が出来る人間ならば誰しも同じくらいの知識量を有しているだろう。
 角兎、或いは一角兎などと呼ばれる。野原や森などに広く生息している『小型』の、魔物だ。主に食糧として旅人に狩られる事が多いのと、その立派な角が薬になるので養殖もされている人間的にはとてもおいしい魔物。
 ただし普通なら大きさは普通の兎と何ら変わりは無い。
 いつの間にか民家と同じくらいの大きさになったその魔物を茫然と見つめる。突然変異?そんなまさか。

「構えろ、アリシア」

 声はすぐ後ろから聞こえてきた。見ればフードを外したワルギリアが険しい顔でその兎を見上げている。その気配に押されるように、剣を抜いた。