第2話

04.


 ***


 取った部屋へ戻り、荷物をひっくり返す。と言ってもそんな大層な物は持っていないのだが。しかし、アリシアの目の前にそれまですっかり忘れていた持ち物がころりと転がった。

「髪飾り?お前、こういうの持ってたんだな」
「あ!いや、ストレジヌで服を買った時にオマケだと言って貰ったんだ。すっかり忘れていた」

 派手過ぎない髪飾り。それはまだ透明な箱に入ったままで、手を付けられた様子など無かった。というか、着ける方法が分からない。頭のどの部分に着けるというのだ、これは。
 首を傾げていると横から白い手が伸びてきてそれを攫っていった。

「へぇ。なかなか可愛いな」
「着けてみるか、ワルギリア?」

 アホか、と途端友人は呆れた顔をする。そして、今は外されているフードを指さした。

「外出たら被るんだから、髪飾りなんて邪魔だろ。そう言うお前が着ければいいんじゃね?」
「いや、私は……そもそも、これはどうやってどこに着ける物なんだ?」
「……そりゃ、髪飾りなんだから頭のどこかだろ」

 それは聞いているこちらが不安になってくる解答だった。珍しく歯切れが悪い。つまり、ワルギリアでさえ詳しくは知らないと言うことだ。
 そうして折衷案が聡い友人から出される。

「――で?女2人で考えた結果がこれってわけか。笑う気にすらならねぇぜ」

 渋い男の声。
 可愛らしい髪飾りは無骨な鉄の塊から伸びた肩掛け用の紐に装着されていた。

 ***

 座り込んだまま、狭い空を見上げる。都会の一角にある長閑な空き地は当然ながら人が寄りつかず、時間が経った今でも無人のままだった。
 チッ、と荒々しく舌打ちする。
 案内人の男――クライドは空を仰いだ。あの皇国の女兵士に見逃されてからおよそ30分。まるで鬼ごっこか隠れんぼでもするように少しの間、監視を止めた。というか、一度負けているのでやり方を変えねばならない。同じ事の繰り返しはごめんだ。
 ――と、顔に影が差した。太陽と自分の間に挟まるようにして、誰かが目の前に立ったのだ。

「ああ?誰だよ、あんた」

 見覚えの無い顔だった。というか、この辺りでは見掛けないクティノス族の男。白銀の癖のある長髪に同じ色をした三角形の耳が生えている。見かけは優男に見えるものの、案外がっちりした体型をしていて、パワーファイター型である事を伺わせる。
 そんなクティノス族の男は腰に帯剣していた。つまり、武装している。
 眉間に皺を寄せ、男を睨み付けるように見れば戯けたように彼は肩を竦めた。顔には胡散臭い笑みを浮かべており、余計に気に入らない。

「わぁ、そんなに恐い顔で睨まないでおくれよ!別に冷やかしに来たわけじゃないんだって!ホラホラ、立てる?」
「何の用だ」

 差し出された手を振り払い、立ち上がる。予想通り、男は長身の自分よりやや身長が高かった。男は気にした様子も無く、やはり用件とは関係の無さそうな話を始める。苦手なタイプだ。

「さっきの見てたよ。こっぴどくやられたねぇ。そりゃ、あんな大振りの剣相手にそれじゃちょっと」
「うるせぇ。奇襲が失敗した時点で分かってたっての」
「ありゃりゃ」
「何か用事があるんじゃねぇのかよ。俺はてめぇに構ってる暇なんざ――」

 ふ、と男の顔から胡散臭い笑みが消えた。思わず口を閉ざす。

「あのさ、ボクと手を組んだりしなーい?君、あの女の子達を始末したいんだよねぇ。きっとボクと利害とかそんなんが一致すると思わないかなぁ?」

 口調はそのままに、消えた笑みのままそう問われて悪寒のようなものが背筋を駆ける。何故だろう、まるで無機物と会話しているような気分に襲われるのは。
 目を眇める。有り難い申し出に他ならないが、何せこの男そのものが怪しすぎる。クティノス族と言えば皇国に虐げられた種族として有名ではあるが、果たしてそれが同じ敵を追う理由になり得るだろうか。
 なおも追い打ちを掛けるように――そう、まるで獲物を狩る肉食獣のように男は続ける。それは思考を溶かし、他の何かを考えられなくするような、不思議な声音だった。

「君は当然知っているだろうけど、あの子、ああ見えてそれなりに腕利きの騎士兵だったんだよぉ。ちゃーんと念には念を入れて殺害しないと、返り討ちに遭っちゃうんじゃないかなぁ。ボクも独りで挑むのは嫌だし、どう?」
「騎士兵・・・」

 軍事国家である皇国が有す化け物集団である。7師団まであるそれは1師団が5名程度で出来ており、その1師団でさえ普通の兵隊では捕らえる事は愚か傷一つ付けられない――らしい。クライド自身はそんな化け物に今まで挑んだ事など無いが。

「ボクも皇国兵には恨み辛みがあるわけだし、ここは結託して挑もうよ。ほら、あのローブの子とかさぁ、捕まえて来たら色々使えそうじゃないかなぁ」

 ――どうしたものか。そもそも、騎士兵と言えばアトナリア聖王国内でも対処にかなり厄介な存在として有名だ。単騎とは言え、2人掛かりでも勝てるかどうか。
 そこまで考えてハッと我に返る。
 これではまるで、この男と手を組んであの皇国の女兵士を殺す算段を立てているようではないか。

「……何のつもりかは知らねぇが、俺は誰かと手を組むつもりなんざねぇよ。他を当たりな」
「えぇ!?ここまで聞いておいてそんな事言っちゃう!?うーん、まあ、嫌なら仕方無いけどさぁ」

 話術からして、この男の良いように使われるのは確実だ。それに、何よりこの男自身が胡散臭く、もっと言うなら怪しい人物である。男そのものが様々な謎を抱えているというのに手を組むなど論外だ。
 それに――思い返してみれば、自分でやる事に意味があるのではなかっただろうか。別に、皇国兵を虐殺したいだとか、そんな加虐的趣味があるわけじゃない。

「駄目だね、ここまでだ。残念だけどボクは身を引くよ。脈無さそうだし!じゃね!達者で」

 ひらり、と手を振ったクティノスの男はあっさり踵を返した。今までしつこく絡んできたのが嘘のようだ。

「クソッ、何だってんだよ……」

 角を曲がって消えた男の背に向かってそう吐き捨てる。あの様子だと彼にもあの皇国兵を殺す算段があるのだろう。
 どうにかして、あのクティノス族の男よりも、先に。
 ジャケットの下に忍ばせていた愛銃に触れる。もう騒ぎがどうだとか言っていられない。奇襲は通じなかったし、自分の演技は下手クソだったのかあのローブの方には通じていなかった。
 2丁の銃。弾の合計は2ダース。
 人間を1人殺害するのには申し分無い数だが、市街地でこれを撃ったとしてどの程度の被害が出るものなのだろう。もし、1発でも外そうものなら――
 クライドは再び盛大な舌打ちと、その後に小さな小さな溜息を吐いた。